土壇場で飛び出したまさかの戦術
ディテールは略すが、第1Q(クォーター)、ビルズが攻めに攻めて、カウボーイズ陣4ヤードまで迫った。タッチダウンまでわずか4ヤード。しかも攻撃権は4回もある。
アメフト好きなら「1200%タッチダウンだ。カウボーイズはとっととケツを捲って、次の攻撃に備えるだろう」と思う。
ゴルフならば「OK」(次のショットで何があっても外さないほどにカップの近くまで寄せた場合、同伴者が「OK」と言えば、そのホールの打数に1打追加して、カップインしたことにするルール)である。
私もそう思った。繰り返すが、ビルズはたったの4ヤード進めばいいのだ。いくらカウボーイズのディフェンスが世界一強いからといっても、守り切るのはムリだ。この状況なら、日本の大学チームのオフェンスでもタッチダウンできる(と、思う)。ちなみに、4ヤードはおよそ3.7メートルである。
しかし予想に反してカウボーイズ守備陣は頑張った。ビルズのラン攻撃をガッツで食い止め、第4ダウン(オフェンスには4回の攻撃権が与えられ、そのうちに10ヤード以上進むと、さらに4回の攻撃権が与えられる)残り1ヤードまで粘ったのだった。
残り1ヤード!0.9144メートル!クォーターバックがボールを持って手を伸ばせばタッチダウンである。
ここで、カウボーイズ守備陣は腹を括る。ランニングプレーへのシフトを放棄して、パス攻撃のみに対応する陣形を敷いたのだ。
これには私も驚いた。野球に例えれば、投手と捕手以外の全員が外野を守り、フライのみに対応するようなもの。ゴロを打たれたら終わりである。だってファーストさえいないんだから。
カウボーイズの守備も、そのくらいに極端だった。ランプレーを阻止するための前線の人数が少なく、見るからにスカスカしている。さすがに諦めたのかとも思った。だが、ここまでガッツでゴールを守り抜いたこととの整合性がとれない。諦めるのなら4ヤードの時点だったはずだ。
思い切るならタイミングを逃すな
当時、駆け出しの記者だった私には、カウボーイズ・ディフェンスの意図がすぐにはわからなかった。隣にいたプロレスラーみたいな体格の白人記者に英語で尋ねてみたが、まったく無視された。歓声がものすごくて話しかけても聞こえないのである。
試合後、この布陣についてカウボーイズのディフェンスコーチはこう話した。
「どのみち、得点されて当然の状況だから思い切った手を打った。ランで来られたら負け。でも、もしパスを投げてきたら、絶対に得点は許さない」
ビルズのクォーターバックはジム・ケリー。もちろん最優秀の司令塔である。ランを選択すべきだったことは百も承知だったはずだ。ところが彼は魔が差したかのようにパスを投げてしまうのであった。
ケリーの投げたパスは守備陣にインターセプトされた。ゴール前4ヤードに迫りながら0点。アメフトではタッチダウンが6点、フィールドゴールが3点。タッチダウンが厳しそうな場合にフィールドゴールに甘んじるわけだが、この大チャンスに0点である。
試合はカウボーイズが52対17と圧勝した。その後のカウボーイズの猛攻が目を引いたわけだが、実は序盤の1ヤードをめぐる攻防で大勢は決していたのである。
1ヤードを攻め切れなかったビルズは意気消沈し、守り切ったカウボーイズはイケイケになったのだ。ちなみに両チームの得点合計69点は当時のスーパーボウル記録となった。