危機に直面したとき稲盛氏を支えた言葉

2019年の今ごろ、まさか世界がこんなふうになっていると誰が想像できたでしょう。まさに人知を超えたことが起こったのですから、パニックに陥るのも無理はありません。もちろん稲盛氏だって何度も危機に見舞われています。それでも自分を見失わなかったのは、心を落ち着ける習慣があったからです。それには、母親から、阿弥陀様はいつでも「見てござる」と言われながら育ってきた環境も影響しています。

2010年78歳のときに、日本航空の会長に就任。約2兆3000億円の負債を抱え事実上倒産状態だったJALは、わずか2年8カ月で再上場を果たす。
2010年78歳のときに、日本航空の会長に就任。約2兆3000億円の負債を抱え事実上倒産状態だったJALは、わずか2年8カ月で再上場を果たす。(毎日新聞、AFLO=写真)

私が取材に訪れた際にも、「この言葉を口にすると生かされているということを実感させられるんですよ」と教えてくださったのが「なんまん、なんまん、ありがとう」という言葉。幼いころ父親と訪れたお寺で習ったのをいまだに覚えているのだそうです。ちなみに、なんまんは南無阿弥陀仏の意味だとか。

ワコール創業者の故塚本幸一氏をはじめ、宗教心によって心の平静を保つと語っていた経営者は数多くいます。今のように先が見えない時代には、心を静めることの重要性がより増すのではないでしょうか。それには茶道や華道をたしなむのもいいと思います。

京セラフィロソフィには、「一人一人が経営者」という章があります。全員が経営に参加するということを、稲盛氏は若いころからことのほか重視してきました。これは組織の中に指示待ち人間をつくらないということでもあり、誰もがリーダーになり得るという稲盛流経営の基本方針の1つです。同様に、稲盛氏が「渦の中心になれ」と口にするとき、その対象には若手社員も含まれているのです。そして、その際大事なのが、全員のベクトルを同じ方角に合わせるということ。それにはみんなが利他の精神を発揮しなければなりません。

また、アフターコロナの世界では、「値決めは経営だ」という稲盛氏の哲学もいっそう輝きを増すに違いありません。なぜ京セラが創業以来、1度も赤字を出さずにこられたのか。セラミックスの原料というのはもともと原価が小さいのに、現金主義を徹底するなどしてさらに仕入れ値を下げ、粗利を厚くして究極の付加価値を生み出すことに成功したからです。利益を出し続ければ、セラミックスという社会のためになる製品を、供給し続けることができます。世の中の役に立つのだからこの金額で売る、こういう動機善なりやのビジネスモデルを、苦しい今の局面こそ、改めてすべての経営者には目指してほしいものです。