20年5月19日には文部科学省が2021年から9月入学に移行する場合を想定した2案を提示した。一気に移行する第1案では、14年4月2日から15年9月1日生まれまで、17カ月分の児童を21年度に一斉入学させる。毎年13カ月分の児童を入学時期をずらしながら入学させて、5年かけて段階的に移行するのが第2案だ。

しかし、どちらにしても制度移行期には児童の数が増えるので教室や教員が不足するし、将来の受験や就職では競争相手が増えて不利が生じかねない。一時的に急増する待機児童の問題、入試や資格試験との日程調整の必要性、会計年度など社会システムとのズレ等々、課題が浮き彫りになって、財政コストは6兆円超との試算も出てきた。学校現場や家庭の負担も大きく、教育関連団体やPTAなどから制度移行に伴う混乱を懸念する声や慎重な議論を求める声が相次いだ。

風向きは慎重論に傾いた

緊急事態宣言解除後の20年6月に学校再開の見通しが立った頃には、風向きは慎重論に傾いた。与党公明党や自民党から拙速な導入に釘を刺す提言がなされると、安倍首相は「20年度、21年度の法改正を伴う形での導入は困難」とあっけなく白旗を掲げた。

コロナ対策の迷走ぶりや検察庁法改正案を巡る混乱によって安倍政権の支持率、求心力は急激に低下した。難題山積の9月入学を実現する突破力は、もはや安倍政権にはないということだろう。

今回の9月入学の議論を傍から眺めていると、4月入学の遅れに対処できていないという「日本の恥」をさらしたようにしか思えない。

4月の学校再開が間に合わず、5月の目処も立たない中、「9月入学なら間に合う」という安易な考えが9月入学に前のめりになった人たちの頭の片隅にあったのではないか。

9月入学はグローバルスタンダードと言われる。確かにG7(先進7カ国)で4月入学は日本だけ。G20でも日本とインドだけだ。

入学時期のズレが日本の大学の国際化を遅らせる一因になっている――グローバルスタンダードの9月入学に移行すれば国際交流は促進されるし、留学もしやすくなる――という論調もよく聞かれる。しかし、9月入学のメリットにこれを挙げるのは留学の実態を知らない人だと思う。

現状、世界の一流大学に留学する日本人学生の数は劇的に減少している。理由は明白で、日本人の学力が非常に落ちているからだ。

「日本人の留学生は入学して2年くらいで、ようやく今日スタートしたら何とかなるレベルに到達する」とアメリカの大学で教えている日本人の先生はよく言う。つまり、他国の学生よりクラスでの発言も成績も、2年分遅れているのだ。現地で厳しい目に遭って2年くらいもがけばようやく初年度の学生程度になる、ということだ。