感染症対策としての「納体袋」の必要性
——納体袋といえば、頭まですっぽり覆ってしまうので、まったく顔を見られなかったという遺族のつらい声が聞こえてきました。岡江久美子さんの場合は、お顔の部分だけは透明だったようですが。
【橋爪】これまでの日本の納体袋は、事故や事件で傷ついたり、腐乱したりした遺体を収めるためのもので、血液や体液が漏れないよう、また外から見えないようにするという観点で作られていたように思います。葬儀業界の中には、「非透過性」という言葉を今回初めて知った人たちがいるくらいです。
つまり、これまで日本では、納体袋で感染症を防ぐという感覚はなく、今回、初めて突き付けられた問題だといえるでしょう。
感染拡大を防ぐため、入院中も面会に行くこともできず、看病も看取りもかなわないというケースが多い中、最近ではせめて家族とのお別れができるように工夫を始めています。
——日本ではマスクや防護服の不足ばかり注目されていますが、納体袋は足りているのでしょうか。
【橋爪】おそらく、自治体にはほとんど備蓄はなく、警察や葬儀社にいくらか用意されている程度だと思います。実は、納体袋にもサイズがあり、体格の大きな人は普通のサイズには収まりません。
マスクや防護服だけではなく、納体袋の備蓄も欠かせない
私はアメリカで体重が260キロある超肥満の方のご遺体を扱ったことがあるのですが、納体袋のファスナーが裂けてしまい、困ったことがありました。日本でも力士の方が新型コロナで亡くなりましたが、こうした方のためには特大サイズを用意しておく必要があります。
また、子ども用の納体袋なども用意する必要があると考えています。アメリカには、本当に大きさや用途に応じていろいろな種類の納体袋が存在しました。日本でも、こうしたさまざまな納体袋を用意することが求められるようになると思います。
とにかく、感染症や災害は予測が不可能です。こうした備品の在庫を平時からチェックし、補給し続けることが大切です。非常時にはメーカーが本業のラインを一部止めて防護用品を製作するなど、常に補給できるシステムを考えておく必要があるでしょう。
——実際に、感染症が蔓延しているところに、地震や津波、台風などの自然災害が襲ってきたら大変なことになりますね。
【橋爪】おっしゃる通りです。日本という国は、なぜか亡くなった人のことについて話してはいけないという雰囲気があり、重要な情報が共有されていません。本来は死に関するさまざまな分野で働いている人の健康を守るため、そして家族を守るためにも、人の死や公衆衛生に関する情報は皆で共有すべきだと考えています。