実際に「保健所の人が突然来て、葬儀場が使えなくなった」とか「コロナの人を扱った葬儀場はやめておいた方がいい」といったうわさが広がることもあるようです。こうした風評が原因で葬儀ができなくなっても何の補償もないわけですから、業者としては恐怖ですよね。

「手袋で遺体に触れるのは故人に失礼」という日本の常識の功罪

——葬儀の現場では、新型コロナ以外にもさまざまな感染症の危険があると思います。感染症対策は普段、どの程度行われているのでしょうか。

【橋爪】葬儀社で働く人たちは、業務の中でご遺体の体液や血液に触れることがあるため、これまでもB型肝炎やC型肝炎に感染する可能性はゼロではありませんでした。しかし、残念ながら日本の葬儀業界では長年、その対策がほとんど行われてきませんでした。

——それは、なぜでしょうか。

【橋爪】「手袋をしてご遺体に触れるのは、故人に対して失礼だ」という、この業界の常識があったからです。私はアメリカの大学で葬祭科学を学び、現地の葬儀社で実務も経験しましたが、ご遺体に対する考え方は、日本と大きな違いがあります。

2001年に帰国してからは、アメリカでの経験をもとに「手袋とマスクは絶対してください。ご遺体を丁寧に扱うために働いている人の健康を守るためです。失礼には当たらないと思います」と、20年近く警告を発し続けてきたのですが……。

卒業時の写真
写真提供=橋爪謙一郎

——警告を続けても現場には浸透しなかったということでしょうか。

【橋爪】はい。でも、今年の2月、3月に新型コロナの問題が出始めて、ようやく業界として備えることの必要性に気づき、感染症対策をするようになってきたという感じですね。

アメリカで学んだ「エンバーミング」

——橋爪さんの著書『エンバーマー 遺体 衛生保全と死化粧のお仕事』(祥伝社)を拝読しました。アメリカで学び、全米国家資格のフューネラルディレクターとカリフォルニア州のエンバーマーライセンスを取得されたのですね。

【橋爪】もともと、祖父が北海道で葬儀社の経営を始め、それを両親が引き継いで規模を大きくしていきました。とはいえ、私は葬儀社を継ぐ気はまったくなく、東京の大学へ進学して、ぴあ株式会社というベンチャー企業に就職し、仕事を満喫していたのです。

——ところが、ある日突然、会社を辞めて渡米されることになったのですね。

【橋爪】アメリカへ研修に行った父が、ピッツバーグ葬儀科学大学を訪問してエンバーミングの実習を目の当たりにしたことがきっかけでした。そして私に、「日本の葬儀を変えるために、アメリカの大学で勉強してこないか」と、思わぬ提案をしてきたのです。