おもしろいことに、軍人の中には韓国ドラマを熱心に見ている若者も登場する。これも脱北者によれば「見ていることが分かったら処罰の対象」となるらしいが、北の人々がドラマを通して韓国の暮らしに思いをはせ、よく観察していることが分かる。
俳優はもちろん韓国人だが、脱北者などの指導により「北朝鮮なまり」の言葉を見事に話している。韓国からきたセリが、時折、北朝鮮特有の単語の意味が分からず、戸惑ってしまうシーンもある。
普段の報道からは見えない情報が得られる
その一方で、首都の平壌に行けば、豊かな生活を送る富裕層が台頭していることにも驚かされる。ドラマの中に出てくる富裕層の家は高級マンションで、家庭内には何でもある。スマートフォンを持ち、ホテルで優雅に食事をする人もいる。街にはタクシーも走っている。服装も生活レベルも、一見したところソウルとほとんど変わらないようだ。
いずれも、日本のニュース番組では見たことがない北朝鮮でのリアルな日常生活の風景だ。日本で報道される北朝鮮といえば、金正恩朝鮮労働党委員長の動向や米朝関係、核問題くらいしかない。日本をはじめ、欧米のメディアからは、北朝鮮にも喜怒哀楽がある生身の人々が生きていて、そこにはいい人もいれば悪い人もいる、というごく当たり前の姿は一切見えてこない。
北朝鮮についてはワンパターンの報道しかないことに、私たちの多くは疑問を感じないが、このドラマからは、そうしたメディアの報道からもれている、ささいだけれど大事な情報をたくさん得ることができる。
「北を美化している」という批判もあったが…
かつて朝鮮人民軍保衛司令部に勤務し、2005年に脱北したクァク・ムンワン氏へのインタビュー記事によれば「北の生活をリアルに描いたところがあるとはいえ、ドラマの中には人権、核問題、金正恩委員長は出てこない」という。確かにその通りだ。韓国の報道では「北を美化している」という批判もあったそうだが、政治色をかなり排除したからこそ、このドラマにすんなりと入っていけた、という日本人もいるのではないだろうか。
日韓関係などが専門で、韓国ドラマにも詳しい恵泉女学園大学の李泳采教授によると、そうした受け止め方をしたのは、日本だけでなく、韓国でも同様だという。
「このドラマを通して、韓国でも北朝鮮に対する従来のイメージとは違う新鮮さを感じた人が多かったようです。韓国でも、北朝鮮は貧しい地域だと思っていた人がいましたが、北にも貧富の差があり、現代的なものも存在することを知りました。また、主役を演じたヒョンビンを通して、北朝鮮の男性に対して憧れを持った人も多かったと思います」