その理由の一つは、ビジネス的な視点が十分ではないからかもしれません。イリノイ工科大のデザインスクールの必須科目で「10タイプス・オブ・イノベーション」を考案したラリー・キーリー教授の授業がありました(図表2)。

【図表】10タイプス・オブ・イノベーション(イノベーションの10の型)
『感性思考』より

これはイノベーションを10個の型によって分類したもので、大きくエクスペリエンス(経験)、オファリング(提供物)、コンフィグレーション(構造)に分けています。

・エクスペリエンス:サービス、チャネル、ブランド、顧客エンゲージメント(愛着心)
・オファリング:製品パフォーマンスと製品システム
・コンフィグレーション:収益モデル、ネットワーク、組織構成、プロセス

これら10個の要素のうち、最低でも3つ以上を同時に起こさないとイノベーションにならない、というのが彼の考えです。

彼によると、一般的なデザイン思考ではエクスペリエンスに比重が置かれており、オファリングとコンフィグレーションの要素を疎かにしがちだということでした。

優れた商品やサービスを作るだけがゴールではない

優れた商品やサービスをつくるだけではなく、その製品を顧客はどのように利用すればいいのか、自社でどのように利益を得るのかといった点があって初めてビジネスモデルが総体として成立します。彼の、ビジネスモデルや収益化への理解の解像度の要求は、“デザインスクール”で求められるものをはるかに超えていました。

今でも覚えているのは、「アップルのiTunes Storeで曲を買うと、レシートが2日後ぐらいにメールで届く。このタイムラグはなぜ起きるのか」という質問。「オペレーションがうまくいってないから?」などと生徒たちが浅薄な答えをすると、教授からひどく叱責されました。

彼によると、節税のためのアイルランドの子会社を経由して決済を行なっていたため、受発注処理にタイムラグが出ていたとのことでした。このレベルのビジネス上のタクティクス(戦術、工夫)は、デザインスクールで学ぶ学生は当然知っておくべきだ、というのが彼の主張でした。

つまり、アップルはiTunesという画期的なビジネスモデルをつくるのと同時に、企業として持続的に収益を上げられるあらゆる方法を取り入れていたということです。