毎夜7時、街角に響き渡る医療従事者への拍手や感謝の声援
私は経済的に恵まれた家庭の出身ではなく、マサチューセッツ州ボストン郊外の低所得層向け公営住宅で育った。私が育った街、チェルシーは、州内で感染率が最も高いコミュニティーだ。とても貧しく、移民が多い。
住民は(生活に必要不可欠な仕事に従事しているため)ロックダウン後も毎日、出勤して多くの人と接し、大家族で住んでいる。ソーシャルディスタンシング(社会的距離の確保)をしようにも、できないのだ。
翻ってニューヨーク市では、非常に多くの人が仕事を失っている。心配だ。私たちは、彼らがどのように日々の生活を乗り切っているのかを肌で感じる必要がある。毎夜7時、街角に響き渡る医療従事者への拍手や感謝の声援を、この耳で聴かなければならない。マンハッタンの自宅から1ブロックの所に病院があり、移動式死体安置所に遺体が連日、運び込まれる。こうしたことを、身をもって経験すべきなのだ。
——動画で何を訴えようとしているのですか。
まず、今、世界で起こっていることを、みんなにより良く理解してもらいたいという気持ちが一番だ。動画を通して怒りを表したり、政治色の強いメッセージを発したり、片側や特定の国の立場にフォーカスしたりすることなく、情報を発信している。危機の震源地ニューヨーク市で何週間もすべてを目の当たりにしてきたからこそ、それが可能だと感じている。
テレワークは安上がりで効率性も高いが、失うものも大きい
また、私たちは一つなのだということを世界の人々に感じてもらいたいという気持ちもある。私は、人の出身国など気にしたことはない。ユーラシア・グループはグローバル企業であり、私自身、仕事で世界中を旅している。国が違っても、人命の大切さは同じだ。
——あなたは、文字どおりジェットセッターとして、世界中を飛び回っていました。でも、感染拡大後はテレワークに専念しています。危機収束後も、出張や対面ミーティングをテレワークで代替させる予定はありますか。
テレワークは安上がりで効率性も高いが、失うものも大きい。ビデオや電話による会話は、まず目的ありきで行うため、自発性に欠ける。つまり、ランダムに人に会ったり、多くの時間を人と過ごしたりといったことが難しいからだ。仕事は数多くこなせるが、思いがけないことや出会いに遭遇できない。テレワークは創造性や豊かさの点で、旅行や移動で人と出会ったり話したりすることにはかなわない。
世界を理解する唯一の方法は、その場所に赴き、現地の人と時間を共にすることだ。この何週間、私がやってきたように、テレワークでも世界中の人々と一日中、話すことは可能だ。しかし、世界の国々がどうなっているのかを深く知ることはできない。