同様に、仕事の前途を切り開きたいときは、会社内外の「先を行く人」に情報の提供を求めることです。
先を行く人? 自分と同様のテーマについて先行している人のことです。言わば先人です。まずは社内で探し、さらには、同業他社などで、情報を持っていて、自分よりもよく考え抜いているらしい人に当たることです。こうして自分自身の才覚と足で稼いでこそ、情報は生きてきます。
私は社員たちに、「ちょっと非常識になれ」と言いたい。例えば、会社はどこでもそうだと思いますが、社内常識というものがあり、それが制度になって残っている例が少なくありません。
それらは時代とともに古くなりますから、見直してイノベーションを考えることが必要になります。そのためには、まず常識という難物に立ち向かうことが必要になります。
賞味期限切れの情報になりかねない、それが常識です。ここに寄りかかっていては、前進できません。
ところで、情報を集め、情報から十分に学んだら、その後はどうすればいいでしょうか。『論語』のなかで、孔子が次のように述べています。
学んで思わざれば則ち罔く、思いて学ばざれば則ち殆し。
この意味は、知識や情報を得ても、その後に、よく考え抜かないと物事の道理がわからないし、逆に考えるだけで具体的な情報が欠けているのでは、独断になり危うい、ということでしょう。
ずいぶん手厳しい言い方です。情報を得て事足れり、という姿勢は許さないぞという警告でもあります。これは「学思」という名で知られる教えです。情報を得たら、それをもとに、思考を深めるべしということです。
冒頭で20代のころの失敗について触れました。それは、一戸建ての提案型住宅を売るプロジェクトでした。その住宅の基本は規格型なのですが、お客さまにアピールするようなバリエーションを組み合わせて提供しようとしました。ところがモデルハウスを一般公開したところ、見学に訪れるのは同業者ばかりで、一般の人はゼロという惨状でした。
日本人は、家の細部にまで自分の思いを染み込ませて、「私の家」にしたがります。そんな生活者の思い入れを十分考えに入れていなかった結果でした。中途半端な企画でした。考える過程もお客さまにとっては大切な商品だということに気づきませんでした。考えが浅かった。「学思」が不十分だったのです。