不安と憶測が生む「最悪のシナリオ」

まず何がいけないかといえば、危機の現実を政府がとぼけてきたことだ。現実をきちんと把握せずに政府がとぼけているから、不安と憶測がどんどん助長され、ひとたび危機が表面化すると一気にパニック状態になる。

バブル崩壊から金融危機へとひた走った90年代の日本がまさにそうだった。細川護煕内閣時代の93~94年頃、私は「不動産不況で100ぐらいの銀行が潰れ、株も1万2000円から9000円のレンジに下落、東京の地価は10分の1に暴落し、不良債権は100兆円を下らない」と、月刊誌などで繰り返し指摘してきた。

どこぞのシンクタンクがそれ以前には株価は4万円を突破して6万円間近と煽り、東京の不動産でアメリカ全土が買えるといわれていた時代。しかし企業収益や賃貸料などの収入から計算される収益還元法で見る限り、株価も地価も実体経済に見合っていなかった。

だが時の政府・大蔵省は不況に向かっていることを認めようとはしなかった。武村正義大蔵大臣(当時 村山内閣)が認めていた不良債権額は13兆円。その後も低く見積もったまま不良債権処理を引き延ばし、景気は回復していると言いながら、ずるずると金融危機の泥沼に足を取られていった。

それから十数年後の一昨年、福井俊彦・前日銀総裁が、不良債権処理のために国民が犠牲となった額は300兆円だったとようやく認めた。不良債権で危機に陥った銀行を救済するために超低金利政策を続け、結果、国民が本来得られるべき預金の利息が200兆~300兆円も失われた、と認めたのだ。政府がとぼけている間に、国民1人当たり300万円ずつ損をした、という勘定になる。

今回のアメリカの金融危機でも、当局は危機の現実をとぼけてきた。住宅市場の悪化で日本の住専に当たるファニーメイ(米連邦住宅抵当金庫)やフレディマック(米連邦住宅貸付抵当公社)が危ないと言われたつい最近まで、政府はまったく問題ないと繰り返してきたのだ。

FRB(連邦準備制度理事会)のバーナンキ議長は、今年に入ってからも「アメリカの金融システムはまったく問題ない」「金融・住宅市場の混乱は収まる」と言い続けてきた。それがいつの間にか「我々は危機の真っ只中にいる」に変わった。いつ境界線を踏み越えて危機の真っ只中に立ったのか、彼の発言履歴を調べてもまったくわからない。

こうした政府の対応が、結果的に危機のコントロールを難しくさせてしまった。いまのアメリカの最大の問題はクレジットクランチ、すなわち信用収縮だ。羹に懲りて膾を吹くという状況になり、銀行の貸し渋りが始まっている。

個人向けのローンさえまともに組めなくなっているのだ。自動車ローンぐらいなら払えるという人にもローンが下りない。その結果、景気後退とガソリン高騰の影響で低迷が続いていた自動車の米国内販売台数はさらに悪化、対前年比26%減まで落ち込んだ。

自動車メーカー各社の資金繰りは急速に悪化し、フォードやクライスラーはおろか、世界最大の自動車会社であるGMまでもがいつ倒れてもおかしくない、救済には国営化しかない、という状況に陥っている。今後、日本の自動車メーカーも巻き込んで、世界的な業界再編の動きが加速するだろう。