大人には、大人に適した習得法があるはずだ

こうして私は30歳を過ぎてから、英語を習得しようと思い立ちました。では、どのようにすれば、30歳を過ぎても、あるいは中高年になっても英語が上達するのでしょうか。中学生の教科書からやり直すのがいいのでしょうか?

私は、そうは考えませんでした。脳医学者として長年脳について研究を重ね、16万人の脳画像を見てきた経験をもとに、大人には大人に適した英語習得法があるのではないかと考えたのです。

「彼(敵)を知り己を知れば百戦殆(あや)うからず」(孫子)といいますが、これは英語を学ぶときにもあてはまります。英語という相手を知る前に、まず自分自身の脳の働きや性質をよく理解することが欠かせません。

ところで、英語を学ぼうとお話しすると、「もう若くないから無理」「記憶力が落ちている」と言う人がいます。たしかに、私たちのさまざまな認知能力というのは年を重ねるにつれて衰えていき、そうした認知能力の一つに記憶力があります。

学べば学ぶほど、脳のネットワークは密になる

ここで少し、脳の神経細胞と加齢について説明しましょう。脳には、一説には1000億~2000億個もの神経細胞があるといわれています。この神経細胞というものは、一部を除いて生まれてから増えることがありません。むしろ、20代ごろからどんどん減少していきます。

それだけを聞くと、どんどん脳が衰えていくだけに感じられますが、そうではありません。大切なのは、神経細胞の数ではないのです。単に神経細胞があるだけでは、脳は働かないからです。

本当に大事なのは、脳の神経細胞同士のネットワークです。私たちが何か新しいことを学ぶと、そのたびに神経細胞からは「樹状突起」と呼ばれる触手のようなものが伸びて、周辺の神経細胞とつながります。そうして新しい情報伝達の回路ができ、情報のやりとりがされるようになるのです。

1つの神経細胞からは、何万もの樹状突起が出て周囲の神経細胞と結ばれていきますから、私たちが学べば学ぶほど情報伝達のネットワークが密になり、高度な情報処理ができるようになるわけです。

ですから、たとえ加齢によって神経細胞の数自体が減っても、学びを続けていればそれを補ってあまりある結果がもたらされるのです。