中小企業の会長に限らず富裕層全体で目立つのが、「こんな時代だから、派手な消費は自粛しよう」という心理である。このように人目を気にする行動は、日本だけでなくアメリカの富裕層の間でも「隠れ消費」として出てきているという。あえて高級品を身につけず、お金持ちに見えないようにする。自分のために買ったものでも、わざわざギフト用のラッピングをしてもらい、「私が使うんじゃなくて友達にあげるの」という顔をする。以前だったら見せびらかして歩いたブランド店のロゴの入った紙袋を、袋ごと自分のカバンに入れたりするというのだ。
「資産はそれほどダメージを受けていないのに、消費を控えることをモラル的に正しいことだと富裕層が感じているため、モノが売れない」。これは世界中でラグジュアリーマーケティングをしている人たちの共通認識である。2008年12月にモスクワのリッツ・カールトンで開催された、GLF(グローバル・ラグジュアリー・フォーラム)という世界中の高級ブランドを集めたフォーラムで話題になったキーワードが「マインド・クライシス」だ。つまり実体経済の危機というより、意識の危機ということである。
もちろん日本でもその傾向がある。09年2月12日の朝日新聞によれば、格安スーパーの「オーケーストア新用賀店」の駐車場に高級外車がずらりと並んでいるという。以前なら食料品や日用品は二子玉川などの高級デパートで買っていた富裕層が、食料品や日用雑貨など、「どこで買っても同じもの」は格安店で買うようになった。キャッシュフローや暮らし向きは変わっていないにもかかわらず、気分がすっかり節約志向になっているのである。
このようなマインド・クライシスに対して企業はどんな手を打てるか。それには「隠れ消費」を可能にするもの、あるいは「言い訳が立つもの」を前面に押し出すという戦略が考えられる。たとえば「エコのため」とか「環境にいい」と言われると、多少高くても「世の中のために買い替えるんだ」というエクスキューズができる。そういう意味ではハイブリッドカーはもちろん、エコ家電などは大きなチャンスだ。
実はいま、法人名義で購入されることが多い高級車の売れ行きが鈍っている(2000万円以上の車は個人が趣味で購入する場合が多いので、いまのところそれほど売れ行きは変わらない)。これは中小企業のオーナーたちが、従業員から「社長は俺たちの給料を下げたくせに、車を買い替えた」と言われるのを避けたために違いない。かといって安い車に乗り換えると、取引先やお客から「業績が悪いのでは?」と思われてしまう。しかしハイブリッドカーや電気自動車なら、「環境に配慮して買い替えた」と社内外に対して言い訳が立つ。
富裕層に限らず一般層でも、「古い服を下取りします」というと、新しい服が売れるという。「人目を気にする」マインドの中では、「捨てるのはもったいない」「タンスが片付く」「そのぶん安く買える」というような周囲や自分自身を説得する「言い訳」があれば、商品は動く気がしてならない。