【柳井】そう思います。志や意志を持った人でないと、できないことだと思います。

しかし、どんなに努力をしても方向性が間違っていれば、目的地には到達しません。僕は、方向性を考えていない人が少なくないと思うんですよ。それは、自分の目の前の景色しか見えていないから。横も後ろもあれば、過去もあれば未来もあることをいかに知って、その中で自分がどういう役割を果たして、どこへ行くのか。

そう言う僕だって、若いときに知っていれば、今頃もっとうまくいったんじゃないかと思いますよ。

僕の転機になったのは、35歳のときに出会った『プロフェッショナルマネジャー』です。この本の中で、ハロルド・ジェニーン氏は「本を読むときは、始めから終わりへと読む。ビジネスの経営はそれとまったく逆だ。終わりから始めて、そこへ到達するためにできる限りのことをするのだ」と言っています。

それまで僕も努力はしていたんですけど、なかなか成果が上がらなかったんです。よく考えたら、どこに行くのか、決めていなかったんですよ。だから、成果を上げるためにテクニックを磨くということではなくて、自分がどこに行きたいのかを決める。それで、そこに至るための方法を、自分の置かれている立場で、いろんな人の意見をよく聞きながら、考える。それをやれって書いてあったんです。

【本庶】研究もよく似たところがありますね。一生懸命実験したり、論文もたくさん書くんだけど、結局何がしたいのかよくわからない人がいる。常に誰かと競争をして、勝つことしか考えていなくて、自分としてこういうことを成したいとか、自分の中に明確なクエスチョンがないと、迷走しちゃうんですよ。

【柳井】結局、一人一人の人生は全部別個にある。その人の人生は、その人じゃないと生きられないんですよ。だから結局、自分は何をやりたいのかっていうのは、根源的な質問ですよね。すごく大事なことだと思います。

師との出会い、世界との出会い

【柳井】先生が、免疫の研究に取り組まれたきっかけは何ですか。

【本庶】これは一生をかけてもいいと思うテーマに巡り合えたのは、31歳のときにアメリカのカーネギー研究所へ行ってからでした。

当時から免疫や抗体(体内に侵入した病原体と結合して体内から除去する分子)については知られていたんですが、研究所のドナルド・ブラウン教授が、抗体の多様性の問題を解くことが技術的に可能であると指摘された。到底できないと思っていたことが、「いや、チャレンジしたらできるかもしれない」と。そういう大きな視点を示してくれたのは、非常に大きかったですね。そこから免疫の研究にのめりこみました。

【柳井】大きなピクチャーを示してくれたわけですね。

【本庶】グランドビューというか、それはものすごく必要なんですよ。柳井さんにとっての師とは誰でしょう。