採用の段階で「自律的な人材」を見極めるのはムリ

――稲泉さんは、この世代の抱える悩みに時代的な影響があると感じていますか。

稲泉 もちろん若者が若者であるがゆえの悩みがあれば、時代ならではの葛藤もあるでしょう。一概には言えないし、どの部分を切り取るかだと思います。ただ一つ思うのは、日本の雇用は大卒時の就職活動に失敗すると後が苦しいという制度になっています。だから学生は就職活動を通じ、自分のやりたいことや企業に対して提供できることを一生懸命探さないといけません。ところが企業に入ると、そこに広がっている世界は想像していたものとは違う。

これからは自律的な人材が求められるというメッセージが多く発せられている社会に出ていく世代の人たちが、そのメッセージに自分を合わせようともがくのは自然なことに思えます。僕が『仕事漂流』の中で取材した人たちも、転職して別の会社へ行ったときにより広い世界が見えてきて「何のために働くのか?」という根源的な問いに対する答えのヒントをつかんでいった。それは少数の人たちの例かもしれないけれど、これから社会に出ていく若い人たちの働くイメージが、そこに少しずつ代表されていくこともありうるのではないか。僕はそう思っています。

海老原 採用の現実からすると、それも怪しい。まず、企業側が「自律的で変革を起こす人材」などうまく選別できるか? 無理なんです。学生たちも、「自律的に変革を起こすような」思考回路がたった数カ月で形成できるか? それも否。もし、これができたなら、大企業・人気企業なんかに応募しないですから。

要は、「そんなカッコを演じている同士」の化かし合い。さんざん「夢」を見させて実際は違った、ということ。入り口がネットとなったので、それがますます助長されている。これが、入社後ショックを生む。ただ、社会人経験が長引くと、その夢もさめ、現実が見えだす。

稲泉 なるほど。確かに多くの人が30歳くらいになると、結構同じような地点にたどり着いているのかな、という感じはしますね。

海老原 転職という形で他社と比較できると、夢も早く覚める。一方、長く勤めていると、夢ではなく現実のいい部分が見えてもきます。

例えば『仕事漂流』に銀行から転職する方の話が出てきますね。確かに描かれている通りの面白みのない仕事が長年続くんです。ただ、それをずっと続けていると、35歳のころには「コンプライアンスに強く経理もわかり、街中の経営者とも対等に話せる」という人材ができあがる。こういう人が僕たち転職エージェントのところに来ると、このご時世でも中堅企業の財務責任者として転職できたりする。決して無駄な時間ではないのですね。それがわからない。

稲泉 そうした例がある一方、終身雇用・年功序列に身を委ねる時代はもう終わったというメッセージが世の中には氾濫しています。そのメッセージそのものに対して僕自身は違和感を抱かないのですが、個人主義的に生きよという雰囲気が、これから社会に出ていく若者の心の負担を大きくしている面もあるかもしれませんね。だからこそ海老原さんはマスコミがつくった新しい「神話」を崩そうとしているのではないかと、一連の著作を読んで感じました。

海老原 そうなんです! そもそも日本型雇用も社会学用語でいう「構築」から始まっているんですよ。終身雇用という言葉の生みの親である経営学者のアベグレンが調査したのは、大工場の経営でした。確かにその範囲では終身雇用が存在したのですが、当時、全体としては日本型雇用なんてものはまだなかった。しかし右肩上がりの経済の中で、終身雇用制はみんなが夢を持てる“使える”言葉だった。言葉が一人歩きした結果として終身雇用制が定着していったんです。それはとてもよい「構築」だったと僕は思います。

今、就職氷河期世代やロスジェネに関して、「会社は信じられない」「若者なんて使い捨て」というメッセージがたくさん発信されています。それが広まって本当に「構築」されてしまうことを僕は恐れています。

(構成=宮内 健 撮影=高橋聖人)