意志の力で心の針を動かす

「四苦八苦というのは仏教の言葉なんです。四苦は『しょうろうびょう』。生きている限り、これは定めだから仕方がない。ほかの4つは『あいべつ(愛する人と別れる苦しみ)』『おんぞう(憎い人と会う苦しみ)』『とっ(欲しいものを手に入れられない苦しみ)』『うんじょう(心と体が思うようにならない苦しみ)』。

護摩修法は原則として毎月第1、第3日曜日の午後1時から行われる(日程には変更の可能性もあり、詳細はhttp://www.jigenji.net)。寺務所で護摩木を求め、「家内安全」「無病息災」などの願い事を書き入れる。

そういう苦しみが嫉妬の原因になる。苦しくてどうにもならないから、怒りの矛先を誰かに向けて人を妬む。これが囚われている状態。そこから解放されるには、さまざまな人間的感情、妬み、恨み、嫉妬、そういうものを忘れ去り、捨て去り、許し切るしかない。その心の作業を自分でやらないといけない。

不思議なもので、その心の状態が自分の運勢になってくるんです。運は『運ぶ』と書く。光の方向を向いていると、運勢は自然に好転していく。その反対に、妬み、恨み、嫉妬の強い人は闇のほうに運勢が運ばれていき、心穏やかな安穏を得ることはできません」

――人間にとってかなり根源的なその感情を、完全に消し去ることはできないのだろうか。

「それはできます。『知情意』といいますが、情は意志で抑えることができる。心の針の向きを、意志の力で強引に変えることはできる。心は目に見えないけど、そこに針が一本立っていると想像してみてください」

そう言って、胸の前に人さし指を一本立て、スピードメーターの針のように右に倒す。

「こっち(右)の方向がプラス、反対(左)がマイナスの方向。何かいいことがあると、嬉しくなりますよね。そういうとき、針はプラスの方向へ振れる。光のほうを向くわけ。ネガティブな感情に囚われると、針はその反対の方向に振れる。こっちは闇の方向。この心の針が光の方向を向いているか、闇の方向を向いているかで人生は決まるわけです。だからほんの少しでも嫉妬という感情がわいたら、意志の力でその感情を抑え込む。マイナスに向いた針を、力ずくでプラスの方向に向ける。それを自分の習慣にすることです。練習すれば必ずうまくなります」

それは彼が奈良で千日回峰行に打ち込んでいた20代から30代の時期に深く理解したことだった。大峯山が開いている5月3日から9月22日にかけての約4カ月間毎日、48キロメートルの山道を歩き通す過酷な修行だ。その高低差は1355メートル。夜中の12時半に山道を上り始め、戻ってくるのは午後の3時半になる。この修行を9年間にわたって毎年続けたのだ。

途中で歩けなくなったら自決するための短刀を腰に差し、熊や蝮などの野生動物に襲われる危険性とはいつも隣り合わせで、体調は常に「悪い」か「最悪」かのどちらかだった。その1000日間、ただの1日も「今日は行きたくない」とか「今日も行かなきゃいけない」と思った日はないという。嵐の日も、腹痛の日も、意気揚々と出発した。心の針を意志の力で動かすことはできるのだ。