オーガニックに続く食の世界の注目ワードといえば“熟成”だろう。肉類はもとより、最近では、本来、鮮度が第一と思われていた鮨や蕎麦の世界にまで熟成の波が押し寄せているというから驚きだ。

例えば、神田の蕎麦店「眠庵」。2004年開店の同店では、4~5年前から徐々に熟成させた蕎麦の実を挽いて打ち始め、現在では、2年からなんと6年も寝かしたものを打つこともしばしばだ。

「保存用パックや冷蔵庫の機能が向上し、蕎麦の長期熟成が可能になった。上質の蕎麦は、時が経つほどに甘味や風味が増してくるものなんですよ」

主人の 柳澤宙さんの言葉を聞きながら、写真の6年物の徳島産を一箸手繰ると、なるほど、フレッシュな緑の色や香りはそのままに、旨味や甘味は通常よりもぐっと深い。ほかにも、柴又
「日曜庵」、新富町「流石はなれ」など、気鋭の若手職人を中心に熟成蕎麦にシフトする店が増えているという。

一方、鮨も負けていない。渋谷の「あい澤」では白身魚やイカを通常の3~5倍の時間寝かせ、独自の風味と食感を引き出している。

神田「眠庵」では、徳島産や石川産の6年物、福島産の9年物の蕎麦の実を使用している。

神田「眠庵」では、徳島産や石川産の6年物、福島産の9年物の蕎麦の実を使用している。

一連の動きには、先立って熟成肉ブームがあった。火付け役は08年開店の熟成肉専門精肉店「中勢以」だ。

ナッツを思わせる独特の風味と深い味わいが料理人や食通のツボにはまり、いまや熟成肉を謳う料理店は引きもきらない。

ステーキ、すき焼き、カレーまで、新店のみならず、名だたる老舗でも取り入れる店が増えているというから、もはや熟成素材はひとつのステータスを獲得したといってもよかろう。

この熟成肉の主役は、いま、巷間を騒がしている牛肉。不穏な状況が一掃され、心置きなく濃密な愉悦に浸れる日はいつ訪れるだろうか。

(矢幡英文=撮影)