逃亡犯条例改正案が撤回されても、むしろ過激さを増す香港デモ。なぜ沈静化しないのか。危機管理コンサルタントの丸谷元人氏は、「焦りを感じたデモ隊が過激化することは、習近平やトランプ米大統領にとってはむしろ望むところだ」と指摘する——。(第4回、全4回)
写真=ロイター/アフロ
逃亡犯条例の改正案は撤回されたが、香港市民によるデモの収束はなかなか見えない——撤回表明の翌日の記者会見で、経緯を説明する香港行政庁の林鄭長官(2019年9月5日)

改正案撤回後もデモが過激化する理由

香港行政長官の林鄭月娥氏が、9月4日に突然発表した、逃亡犯条例改正案の撤回。習近平政権にとっては決して望んだ展開ではなかったであろうが、世界中の監視の目がここまで香港に注がれている以上、今の段階で乱暴なことをするのは得策ではない。

北京が今日まで沈黙を貫いているのは、取りあえずは改正案撤回などの「アメ」を与えて香港市民の反応を静観しようという部分もあるだろう。もちろん、今回の林鄭氏の発表も間違いなく北京の了解を得ている。

「鉄の女」から「弱音を吐く女性長官」に姿を変えた林鄭氏はさらに、若者の怒りの背景にあった、香港の異常な不動産価格と住宅不足を解消するための追加的施策を行う考えをも示した。今や彼女は、不満を抱く若者たちに「歩み寄る姿」をも見せ始めている。

無論、デモ隊の中でも「勇武派」と呼ばれる強硬派などは、引き続き普通選挙の実施などを含む「五大要求」の実行を求め、さらなる抗議行動の実施を計画している。しかし「リーダー不在」の香港デモにおいて、一部強硬派の付け焼き刃的要求には、逃亡犯条例改正案やその撤回ほどの「動員力」はない。

この間、林鄭氏はアメリカに対し、これ以上香港の問題に介入するなと警告することも忘れなかった。自らが習政権に忠実であることを示した格好だが、同時にトランプ米大統領との戦いで劣勢に立たされている米エスタブリッシュメント層(=反トランプ派)、および習近平政権との戦いに敗れつつある上海閥から、林鄭氏が少しずつ距離を取ろうとしていることの兆候かもしれない。

こうした状況の急変は、香港の今後の針路を少しずつ変化させつつあるようにも見える。市民の中には事実、各地で暴れまわるデモ隊に対し明確に距離を置く動きも出始めたようで、一部では中国の五星紅旗を持った中国支持派が現れ、デモ隊と乱闘を繰り広げる事案も発生した。明らかに潮流は変わりつつある。