香港デモの発端となった逃亡犯条例改正案。そもそも香港政府は、なぜこんな改正案を打ち出したのか。危機管理コンサルタントの丸谷元人氏は、「香港は長年にわたり、上海閥(江沢民派)の富豪や北朝鮮のマネーロンダリング(資金洗浄)の中心部だったため、中国の習近平政権がそれをつぶそうとした」と指摘する——。(第3回、全4回)
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香港は長年にわたり、上海閥の富豪や北朝鮮にとってのマネーロンダリングの中心拠点だった――。(写真はイメージです)

香港を舞台とする米中情報機関の「死闘」

ここ数年、香港では、米国と中国の情報機関による水面下の戦いが活発に繰り広げられてきた。

2012年の初め、中国の情報機関である国家安全部高官次官の男性秘書が、香港で中国当局に逮捕されたが、この男性は米中央情報局(CIA)が送り込んだ美人女性にのめり込み、そこで弱みをつかまれて米国側に寝返ったようだ。絵に描いたような「ハニー・トラップ」の成功例である。

また2019年7月には、中国の宇宙開発部門の高級幹部が、息子を通じて機密情報をCIAに渡していた疑いも浮上している。

一方の中国側も負けてはいない。2018年1月には、香港在住の中国系米国人でCIA元工作員だった男性が、中国情報機関に機密情報を渡したとしてニューヨークの空港で逮捕されている。この男性の渡した情報は、2010年以降、中国国内で次々とCIAのスパイが失踪し、少なくとも12人が処刑された一連の摘発事案に貢献したともいわれている(NBCニュース、2018年1月17日 "Ex-CIA officer Jerry Chun Shing Lee suspected of spying for China")。これによって多くのベテラン工作員が摘発され、米国の対中スパイ網はこれで大打撃を受けたようだ。

実は香港の外でも、米国の元スパイが中国情報機関に取り込まれるというケースが頻発している。

2018年6月、米国防省情報局(DIA)の元職員が中国に機密情報を渡そうとして逮捕された。同容疑者は自ら「自分は中国国家安全部と一緒に働いている」と述べ、第三者になりすます形での中国への逃亡計画をも立案していた。また同じ月、CIAとDIAで工作員として勤務していた米国人男性が、中国情報機関に対しCIAが分析した機密文書を提供した罪で有罪評決を言い渡された。

この二つの事件のきっかけは、いずれもビジネス上の資金難と個人的借金であった。彼らは、「中国のシンクタンク代表」を名乗る情報機関の人間などからビジネスSNS「リンクトイン」を通じて接触され、資金提供などを受けたのであった。

米外交誌『フォーリン・ポリシー』は、「元情報機関要員にはサポートが必要だ。さもなければ彼らは離反するかもしれない」(2019年6月14日 "How to Take Care of an Ex-Spy")と述べているが、中国情報機関はこういった個人的弱みを持つ元情報部員を虎視眈々たんたんと狙っているわけだ。