投資案件を吟味「三窟」の戒め

アジア通貨危機の荒波を克服して3年余り、2001年の暮れに、また「財務の危機」が訪れる。国内の格付け会社が、丸紅など商社3社を格下げ方向で注視すると発表、「商社の間でも事業環境の悪化による影響が大きいと判断し、その度合いを見極める」としたのだ。ITバブル崩壊の打撃が大きく、赤字に転落する、とみられたらしい。

まもなく財務部長に就任し、「黒字は確保できる」と反論を重ねた。だが、03年3月、ついに「BBBマイナス」から「BBプラス」へ格下げされる。「BBプラス」は、発行する社債を購入することは「投機的」とした水準。「自己資本の質が低い」が理由で、金融機関の融資姿勢への波及が懸念された。

格下げ発表の日、外は土砂降りだった。だが、じっとしているわけにはいかない。発表時間に合わせ、反論文書を公表し、部下たちと二手に分かれて金融機関を回る。銀行から電話が入って「どうなっているの、丸紅さん」と言われる前に、ともかく説明に行く。社内に「この土砂降りのなか、よく行ったね」との声があった。だが、当然の行動だ。このときも、銀行にはたくさんの「以天属者」がいてくれた。融資枠の確保に続き、増資も達成。自己資本を強化し、格付け会社に見直しを迫る。

08年4月、社長に就任した。すぐに、チリの銅山を1900億円で買収することを決め、シンガポール最大の電力会社にも1000億円を投じる。本社の各部門を回り、海外拠点を巡り、意欲的な話をたくさん聞き出す。社長在任中に、総合商社の中で「万年5位」が続く状況から抜け出す、とも宣言した。

5期連続で最高益を更新した直後で、勢いに乗って攻めに出た、と映る。だが、そう単純ではない。丸紅が伝統的に強い電力開発をはじめ、資源開発など様々な投資案件が上がってくるが、売り上げ規模を大きくするだけのような計画には「ダメ」を出す。収益性が第一。そして、アジア通貨危機やリーマンショックのような事態が起きたとき、丸紅が主体性をもって経営改革に取り組める形になった投資か、それができるノウハウが丸紅にある事業か。「イエス」でなければ、差し戻す。

「狡兎有三窟」(狡兎は三窟あり)――賢い兎は隠れる穴を3つ持つ。一つに人間や獣が迫ってきたり、何かでつぶれたりしたら、2つ目へ移る。2つ目が同じ危険に遭えば、3つ目に逃げる、という意味だ。紀元前の中国・戦国時代の合従連衡を進めた策士たちの言葉を集めた『戦国策』にある言葉で、何か一つにすべてを預けることの危険さを説く。

生来の前向き思考ながら、用意は周到。投資案件の吟味に、この「三窟」の戒めを求める。変化が急で、競争が激しい世界。リスクも大きいが、チャンスも大きい。萎縮してはいけないが、脇も締めなくてはいけない。賢い兎は、そう、社内に発信し続ける。当然、「以天属」だけに頼っているわけではない。

(聞き手=街風隆雄 撮影=門間新弥)