エンゲル係数のナゾめいた動き
しかし、所得水準、あるいは生活水準の低下は今に始まったことなのだろうか。
バブル崩壊以降、生活は徐々に苦しくなってきたのではないか。そうであるなら今になってエンゲル係数が上昇しているのはむしろナゾとなる。この点を明らかにするため、時系列的な生活水準とエンゲル係数の動きについて相関図を描いて確かめてみよう。
家計の実質的な生活水準の動きを測るために、家計調査を実施している総務省統計局によって「消費水準指数」が公表されている。これは、家計調査による消費支出額をもとに物価の変動による影響を取り除き、また、世帯員数の変化が実質的な生活水準に大きな影響を与えるので(たとえば、2人世帯でも3人世帯でも冷蔵庫は1台必要であるため1人当たりの消費額が同じでも人数が少ないと生活は苦しい)、世帯員数の構成が不変として計算した指標である(さらに世帯主の年齢についても不変として計算しているが、世帯員数の構成の影響のほうが圧倒的に大きい)。
図表2に消費水準指数をX軸、エンゲル係数をY軸にとって、1981年から2017年にかけての毎年の推移を示した。
生活水準が低下し始めた(X軸方向の右移動から左移動に転じた)のはバブル崩壊の影響が出始めた1993年以後の傾向だが、2004~05年まではエンゲル係数が上がらず、むしろ、下がり続けるというエンゲルの法則に反する動きを示した。その後、やっとエンゲルの法則に沿った動きに復帰し、生活水準の低下に応じてエンゲル係数が上がり始めたのである。
1981~93年の期間、および2004年以降には、消費水準指数とエンゲル係数とが右下がりの傾向線に沿った動きとなっていることから、エンゲルの法則はおおむね当てはまっており、その間の93~04年のほぼ10年間に約3%ポイントのエンゲル係数の下方シフト(断層)が生じたことが分かる。
ネット、携帯電話のために食費をどんどん削る日本人
いったいこの時期に何が起こったのであろうか。
じつは、この時期は、ネット社会への転換をもたらした情報通信革命が家計に大きな影響を与えた時期なのである。参考図にパソコン・携帯電話の普及率推移、家計における通信費割合の推移を掲げておいた。
1990年代後半から2000年代前半にかけての時期は情報通信機器が家庭に急速に浸透し、家計支出に占める通信費割合が2%から4%へと一気に2倍となったという非常に大きな変化が生じたのである。通信費などはその後もじりじり上昇しているが、なお4%台を継続しており、一時期ほどの上昇スピードではない。
この時期、生活が苦しくなっていたにもかかわらず、それまではゼロであったパソコン、インターネット、携帯電話といった新しい情報通信技術に要する経費が急に膨らんだため、食費を必要以上に切り詰めざるをえず、その結果、エンゲル係数はむしろ下がっていたと考えられる。
例えば、ある世帯の収入は月30万円で、支出額も同じだとする。総支出のうち、食費は月7万円。よって、エンゲル係数は7÷30=0.23(23%)となる。この家庭においてインターネットやスマートフォンなどを導入することになり、新規支出が2万円かかるようになった。家計を赤字にしないために、他の費目からなんとか2万円を捻出しようと、家族の小遣いを計1万円分減額するとともに、牛肉を豚肉に代えるなど節約して食費を1万円減らして月6万円にした。すると、6÷30=0.2(20%)。食費を切り詰め急場をしのぐことで、エンゲル係数は3%分低下したことになるのだ。