オーバーツーリズムを緩和する「質の観光」とは?

観光亡国論』とは刺激的なタイトルだが、その言葉通り「観光は国を亡ぼす」「日本は観光立国の旗を降ろし、観光振興をやめよ」と訴えているわけではない。主旨は逆だ。観光業は21世紀最大の産業であり、少子高齢化・人口減少が進む日本を救う――その大前提に立って、観光先進国である欧米の取り組みなどを紹介しながら、これまでの延長線上にあるのではない、真の観光立国のあり方を提言する。「21世紀の観光立国論」と言ってもいい。

アレックス・カー、清野由美『観光亡国論』(中央公論新社)

本書は、論点の整理、調査、検証を東洋文化研究者のカー氏とジャーナリストの清野氏の2人で行い、文中はカー氏の一人称で記されている。カー氏は京都の町家や徳島県祖谷(三好市)の古民家を、一棟貸しの宿泊施設に再生する事業に取り組んできたことでも知られている。それだけに提言の内容は具体的だ。

京都など外国人旅行者に人気の観光地を中心に弊害が目立ってきたオーバーツーリズム――「観光客が押し寄せ地域の生活や観光体験の質が悪化してしまう状態」に対しては、過去の常識や発想にとらわれない柔軟で大胆な「総量規制」を講じ、観光客の数を抑制するべきだと主張する。

そして、その先駆的な事例として市内への観光バスの乗り入れを禁止したオランダのアムステルダムや、車1台につき35ドル(約3800円)という高額な料金を徴収するアメリカのヨセミテ国立公園などの取り組みを紹介する。

「日本の行政の弱い点は、ヨセミテのような決断が主体的にできないところです。そのときに使われる典型的な言い訳は、『市民からそんな金額は取れません』(中略)。そのようなときには、『例外の枠』を設ければいいのです。(中略)融通が効く制度を設計すればいいのです」

これら豊富な事例を踏まえた彼我の比較検証は、行政の「事なかれ主義」や「前例踏襲主義」「全国一律主義」が真の観光立国への脱皮を阻んでいる実情を浮き彫りにしていく。それはある意味では痛快でもある。

さらにカー氏は「量の観光」から「質の観光」への転換が必要だと訴える。ここは著者の主張の核心部分なので、ぜひ本書をひもといていただきたい。大型バスやクルーズ船で大勢の観光客を立ち寄らせる「量の観光」よりも、その地域に興味と関心を抱いてくれる少数の観光客にじっくり滞在してもらう「質の観光」のほうが、オーバーツーリズムを緩和するだけでなく経済効果も大きい、つまり地域に落とすお金も大きいという指摘には目からうろこが落ちるはずだ。

本書の提言には観光にとどまらず、日本がより開かれた国になるための普遍的なヒントが含まれている。多くのビジネスパーソンに読んでもらいたい一冊だ。

渋谷和宏(しぶや・かずひろ)
作家・経済ジャーナリスト1959年、横浜市生まれ。神奈川県立希望ケ丘高校、法政大学卒。日経BP社で「日経ビジネスアソシエ」初代編集長、「日経ビジネス」発行人などを務めたのち2014年独立。最近の著作に小説『東京ランナーズ』がある。テレビ、ラジオでも活躍。