がんが「大きな脅威」でなくなる日が来る

会見では、がん治療の未来についてたずねる質問も出た。

がん免疫療法の今後の発展について本庶は、「この治療は、たとえとしては感染症におけるペニシリンの段階であります。ますます効果が広い人に及ぶようにしつつ、効かない人がなぜ効かないのかといった研究がまだ必要です。やがてはそういうことが解決され、感染症がほぼ大きな脅威でなくなったのと同じような日が、遅くても今世紀中には来ると思っています」と希望を語った。

「ペニシリンの段階」という言葉の意味は少し解説が必要かもしれない。

ペニシリンは、1928年にアオカビからみつかった世界ではじめての抗生物質だ。肺炎などの原因となる細菌を攻撃するのに、劇的な効果を上げた。もちろん、ペニシリンだけですべての感染症を治療できるわけではない。その後にさまざまな抗生物質がみつかったおかげで、それまで多くの命を奪ってきた感染症を押さえ込むことにつながった。

PD1をターゲットとしたがん免疫療法も同じような可能性を秘めているが、改良は必要であり、ほかの治療法の開発も大切になる──。本庶はそんなメッセージを込めているのだ。

研究のモットー「好奇心」「簡単に信じないこと」

さらに本庶は、PD1研究の現状についても解説を加えた。

「PD1ですべての人(のがん)が治るわけではないので、効果を強めようとしている。効く効かないを早く見極めるマーカーも探している。PD1が免疫にブレーキを効かせる仕組みをうまくつかって、アレルギーや自己免疫疾患を治療できる可能性もあると思っています」

PD1を介した治療法の可能性は確信しているが、同時に、まだ不完全であることも十分に認識している。本庶の飽くなき探究心が垣間みえた。

受賞が決まった直後の記者会見ということもあって、研究の内容についてあまり突っ込んだ問いかけはなかった。自然と、研究に対する姿勢や転機となったエピソードをたずねる質問が多くなる。

たとえば研究のモットーについて聞かれた本庶は「やっぱりなにかを知りたいという好奇心。それからもうひとつは、簡単に信じないこと。『ネイチャー』や『サイエンス』に出ているものの9割はうそで、10年たったら残って1割。まず論文に書いてあることを信じない。自分の目で確信できるまでやることです」と語った。

『ネイチャー』や『サイエンス』というのは、科学の研究論文を載せる雑誌の名前だ。権威のある雑誌として知られ、掲載されれば大きな業績となる。世界中の研究者が掲載を夢みているといっても過言ではない。しかし本庶は、そうした「権威」にとらわれることに注意を促したのだ。