根強い人気を誇る「ヱビス」のCMも、2008年秋あたりから「家飲み」モードに変わっていた。高級料亭でビールを飲むシチュエーションから、小泉今日子が胡坐をかいて缶ビールを味わうシーンへ。ビールを買って帰る女性をターゲットに「ヱビスは時間をおいしくします」というメッセージが打ち出されていた。なるほど家飲みメッセージである。外で飲んだら3000円はかかるところを、家ではプレミアムビールを買ったところで半額程度で済む。
そんなサッポロだが、家飲みの主役は新ジャンル。「麦とホップ」が強い。
2009年5月の販売数量では前年同期比3%増で、4社の中で唯一のプラス。1~3月のシェア争いでも、12.7%まで伸ばし、3位サントリーの12.9%に迫っている。
「ビールと間違えちゃいました」なる田村正和のCMは、実は「あんなこと、言っていいのか?」とライバル会社からのツッコミが入るほど。大きなインパクトがあったことは間違いない。
「本格的なビールユーザーに楽しんでいただけるような新ジャンルをつくった」(マーケティング本部・吉田直樹)という明確なコンセプトだ。
「麦とホップ」の好調さはCMだけに依存しているわけではない。現場の頑張りこそが大きい。
関東地方のスーパーを担当する営業部員たちは、「麦とホップ」をマグネットポイントに山積みするために腐心してきた。定番(冷蔵ケース)以外でフェアを催すようなとき、売り場を自社ブランドで埋めたいところをぐっと我慢し、他社ブランドも交えた商品構成の提案をするという。それは客のニーズ、店舗の利益のためでもある。商品陳列は動員をかけて手伝う。そういった誠意は必ず店側に伝わる。営業マンは現場でのリレーション強化の中で、地道にマグネットポイントを獲得していった。
08年の発売当初、サッポロビール福永勝社長が河内屋葛西店の店頭に出陣、新製品のアピールを熱く語った。250ミリリットルの試飲缶を720本用意し、自らが買い物客に手渡し配布した。
「河内屋さんは売り場面積も広くてキャンペーンを展開しやすく、積んでもらえれば確実に売れます。販売の数字ではなくて、営業マンとのリレーションの強さが陳列を決めるところもあり、各メーカーの営業マンの激戦区です」
担当の首都圏本部営業・古橋康久は言う。
「やはり社長の出陣がよかった。おかげで他社商品を圧倒する陳列を何日も展開してくれ、売り上げが飛躍的に伸びたんですね」
さらに市場が飽和する中で、箱買いの多い河内屋がスーパーの顧客を奪いたいと考えていた時期と、「麦とホップ」をバラ売りしたいと申し出た時期が一致した。
河内屋・笈川(おいかわ)裕久店長は古橋の言葉に大きく頷いた。
「一昨年の末ごろから、その日に飲むような量(6缶ケース)を買われていくお客様が増えてきたんです。それで『麦とホップ』を冷蔵ケースで展開するようにした。経費がかさむので、それ自体あまり儲からないんですが、将来的に箱買いに誘導できるという計算もありました」
以来、同店には「麦とホップ」の根強いリピーターがいて、王者の「のどごし〈生〉」と競り合っているという。
社長の熱意は全店舗に通じたようで、月店舗平均5000箱(ビール大瓶20本換算)を32店舗で売る。
その気概と現場力で、4位脱出となるか――。(文中敬称略)