映画『翔んで埼玉』が大ヒットしている。内容は荒唐無稽。劇中では「埼玉県人にはそこらへんの草でも食わせておけ」といった言葉で「ダさいたま」がとことん否定される。だが、意外にもそうした描写は歴史的事実と無関係ではないという。「埼玉の歴史のプロ」である埼玉県立文書館の佐藤美弥学芸員が解説する――。
©2019 映画『翔んで埼玉』製作委員会

手形を持たずに東京に入れば、たちまち捕らえられる世界

映画『翔んで埼玉』(武内英樹監督2019)が人気である。公式ウェブサイトによれば「埼玉県内オープニング興行収入・東映歴代実写映画史上圧倒的No.1!」であるという。筆者は2019年3月13日に埼玉県さいたま市浦和区の劇場で鑑賞した。平日の夜の回にもかかわらず、268人のスクリーンが満席札止めとなっていて、その人気を実感した。

『翔んで埼玉』は魔夜峰央のコミック(『花とゆめ』白泉社、1982‐1983、宝島社2015)が原作で、「都会指数」の高い東京都とそれ以外が厳然と区別される架空の世界が舞台である。埼玉県は荒野の掘っ立て小屋にわずかな人々が住むような地域であり、埼玉県人が東京都に入るには通行手形が必要とされ、手形を持たずに荒川を渡ればたちまち捕らえられてしまうような世界で、埼玉県人解放のために立ち上がる男がいた、というようなストーリーである。

映画は架空の世界を描く「伝説編」と、ラジオで放送される伝説を聴く家族を描く「現代編」が交互に進む。「なにもない」「まとまりのない」埼玉県・埼玉県人が徹底的に否定される(「ディスる」)ことを通して、現状を変革する主体としての自覚が呼び起こされていく。最後には「そこそこいいものがいろいろあるよね」という埼玉県のよさが確認され、大団円となる。

©2019 映画『翔んで埼玉』製作委員会

埼玉県を痛烈に「ディスる」ご当地ネタが満載

原作が埼玉と東京、田舎と都会の対立を前面に押し出し、詳細までは踏み込まない内容であったのに対して、映画は、埼玉と東京だけでなく群馬、千葉、神奈川など関東諸県を絡めたストーリーに大胆に翻案され、また随所に埼玉県を痛烈に「ディスる」ご当地ネタがちりばめられている。

東京都民の弾圧に耐え忍ぶ埼玉県人の姿には悲痛な感じがあり、埼玉県人が県内各地域から集結し、旗を立て東京へと進撃するシーンは1884(明治17)年に埼玉県秩父地域で発生した農民蜂起を描いた映画『草の乱』(神山征二郎監督2004)をなんとなく想起させるところもあったが、全体的には荒唐無稽で笑いが絶えないコメディドラマである。

「伝説編」で説明される埼玉県の成り立ちなどの歴史は、「都市伝説」と断りを入れてあるだけあって事実ではない。しかし、そこに描かれるさまざまな「埼玉ネタ」について、埼玉県の歴史や文化を知ることでより深く味わうことができるのではないかと感じた。