ついに「文字」が誕生する

紀元前3100年ごろ、メソポタミアのウルクで大きなイノベーションが起きました。トークンそのものを使うのではなく、湿った粘土板にトークンを型押しして数を記録するようになったのです(図表2)。

『会計が動かす世界の歴史』より(『文字はこうして生まれた』〈デニス・シュマント=ベッセラ著/岩波書店〉を改変)

もはやたくさんのトークンは必要ありません。羊5頭を記録するなら、「羊」を示す記号の隣に、「5」を示す記号を型押しすればいい。つまり「数字」の概念が生まれたのです。ある粘土板には14万リットルの穀物を受け取ったことが書かれています。数字の概念がいかに便利だったか分かります。

そして時代とともに型押しもやがて簡略化され、粘土板に葦のペンで記号を書き込むようになりました。

すなわち、「文字」の誕生です。

インカ帝国の簿記「キープ」

時代は後になりますが、15~16世紀の南米ではインカ帝国が栄えました。

彼らは文字を持たない文明でした。ちなみに、この「文字を持たなかったこと」が、インカ帝国がスペイン人にあっさりと征服されてしまった要因のひとつと言われています。

インカ帝国のキープ(『会計が動かす世界の歴史』より)

そんなインカ帝国にも「キープ(Quipu)」という、紐の結び目で数量を表現する記録方法が存在しました(図表3)。

インカ帝国の官僚たちは、紐の結び目によって様々な記録をつけていました。人口調査や徴税、財産の所有権、さらに(書き文字ほどではありませんが)簡単な言語情報を記録できました。

キープは正確で効率的だったので、征服直後はスペイン人自身も使用しました。しかし、スペイン人はキープの使い方をよく理解していなかったため、地元の専門家を頼らざるをえませんでした。自分たちの立場が弱くなると気づいたスペイン人は、やがてキープを廃止し、ラテン語の書記体系と数字による記録に切り替えたのです。現存するキープの数は少なく、わずかに残ったものは今でも解読されていません。

残念ながら、キープを読む術は失われてしまったのです。