今、最も入手困難な日本酒のひとつに数えられる新政酒造の「No.6(ナンバーシックス)」。新政は10年ほど前まで、生産量のほとんどを地元・秋田で消費される安価な大衆酒でしかなかった。この大変貌はどのようにして起きたのか。早稲田大学の入山章栄准教授が佐藤祐輔社長を訪ねた。
一貫した「ジャーナリスト魂」
▼KEYWORD 第二創業
「日本酒に興味なかったんですよ」と佐藤さんは言います。創業165年の老舗酒造会社は、弟に継いでもらうつもりだったそうです。私は、そんな佐藤さんの「第二創業」の成功要因を経営学の知見から、「一貫した価値観による知の探索」と「イナーシャの破壊と再生」に求めます。
若い頃は小説家になりたかったという佐藤さん。東京大学で英米文学を専攻し、『アルジャーノンに花束を』を著したダニエル・キイスや、アーネスト・ヘミングウェイ、マーク・トウェインらに影響を受け、次第にジャーナリズムに興味を持つようになっていったそうです。そこからの生き方はかなり大胆。テレビ局の内定を蹴り、4カ月間インドや東南アジアを放浪。その後、葬儀会社、郵便局などの職を転々としたあと、フリーのジャーナリストになります。食品添加物の調査や消費者問題をテーマとし、週刊誌やネットメディアなどに寄稿していたそうです。
あるとき、佐藤さんは知人に勧められて、静岡の銘酒「磯自慢」を口にすることになります。その美味しさに衝撃を受けた佐藤さんは、日本酒の虜になり、美味いといわれる日本酒を片っ端から取り寄せ、調べ上げます。
そこでわかったのは、実は「現代の日本酒はそれほど伝統的な製法によって造られているわけではない」という事実でした。例えば、明治以降の製法改革により、「生酛(きもと)」とよばれる乳酸菌の力を用いた製法は廃れていたこと。現在では「速醸」という、少量の酸味料を用いることで乳酸菌の働きを省く製法が主流になっていること。また「普通酒」といわれる安価な酒には醸造アルコールが大量に含まれていて、糖類や酸味料が加えられていることも少なくないという現状を知るわけです。