「高額報酬に政治がストップ」という構図のウソ

2018年の年末も押し詰まった12月28日、官民ファンドの産業革新投資機構(JIC)は、田中正明社長ら民間出身の取締役9人が一斉に退任した。前身の産業革新機構(INCJ)を引き継いでJICが発足してわずか3カ月、経済産業省と田中社長の対立が表面化して1カ月で、JICは事実上、空中分解し、休止状態に陥った。

2018年12月10日、記者会見で辞任の意向を表明する産業革新投資機構(JIC)の田中正明社長(当時)(写真=時事通信フォト)

「いまだに経産省の幹部が、高額報酬にこだわり続けた田中氏らはカネの亡者だといったネガティブな情報をメディアに流している」と辞めた取締役のひとりは呆れる。あくまでも高額報酬にこだわった民間人たちと、国民のおカネを運用する機関に高額報酬は許されないとする経済産業省の対立という構図を、霞が関は強調したいのだろう。国の機関で成功報酬を含めた1億円超はおかしい、という論理を展開すれば、国民世論を味方に付けられると考えているのかもしれない。

ちょうど同じタイミングで起きた日産自動車のカルロス・ゴーン会長(当時)の逮捕でも、高額だった報酬の一部を有価証券報告書に記載していなかったことが容疑とされた。JICの高額報酬に政治がストップをかけた、という構図は非常にわかりやすい。

「素晴らしすぎる組織」を潰す口実ではないか

だが、菅義偉官房長官が「1億円を超える報酬はいかがなものか」と言ったことが、経産省が態度を豹変させるきっかけになった、というのは本当だろうか。

菅氏がそう言ったのは事実だろうが、菅氏が自らJICの報酬に関心を持っていたとは考えにくい。誰かが菅氏にそう言わせるようにJIC問題の情報を入れたのだろう。実際、9人の取締役の中には菅氏と直接面識を持つ人が少なくないが、菅氏から直接そう言われた人はいない。「本当に菅さんが卓袱台返しをしたのか」と訝る人もいる。

おそらく経済産業省の幹部に卓袱台返しをする動機があったのだろう。高額報酬は田中氏らが作り上げた「素晴らしすぎる組織」を潰すための口実だったのではないか。

辞めた取締役が異口同音に言うのは、副社長だった金子恭規氏がJICのキーパーソンだったということ。米西海岸でバイオベンチャーとして大成功を収めた「レジェンド」とも言える金子氏が、「薄給」でJICに加わったことが他の取締役たちを本気にさせた、というのだ。

JICの下に子ファンドを作る構造だったが、そこには創薬ベンチャーで成功を収めた若手のキャピタリストら「世界で通用するレベルの人材」が含まれていた。それも金子氏だからこそ引っ張ってこられた人たちだった、という。彼らに世界標準の報酬を支払う体制を作りたいというのが9人の取締役たちの思いだった。決して田中氏や金子氏が自分たちの高額報酬にこだわっていたわけではない。「日本のため」を思って駆けつけた、というのが本音だったことは明らかだ。