1980年に経済特別区に指定された中国の都市・深圳(シンセン)は、いまベンチャー企業を育成・輩出する中国最強のイノベーション都市に変貌しつつある。深圳に集まる「ヒト」「モノ」「カネ」は圧倒的スケールを誇る。だが米中貿易戦争のあおりを受け「部品」が手に入らず、成長にブレーキがかかっているという。現地の様子をリポートしよう――。

日本とはベンチャー支援のスケールがあまりに違う

イノベーション都市・深圳が内外から注目を浴びている。日本からもこのところ関連企業を中心に深圳への視察団がひっきりなしである。米中貿易戦争の行方を見極めるためにも、深圳を見ておく必要がある。というわけで、この夏に日中関係学会視察団の一員として、現地を訪れた。

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視察団メンバーはいずれも日中ビジネスに数十年もかかわってきた経歴を持っている。そのベテランたちが、深圳の変貌ぶりをみて一様に驚きの声を挙げた。イノベーション都市として機能するには、ヒト(若手人材)、モノ(部品供給)、カネ(資金提供)が不可欠だが、深圳はそのいずれをも十分に兼ね備えているうえ、ベンチャー支援の様々な仕組みも整っている。日本にもベンチャー支援の取り組みはあるが、スケールがあまりに違っていたからだ。

ここにきて米中貿易戦争のあおりを受けて米国からの部品供給に支障が出たり、製品の対米輸出が鈍化したりするなどの影響が出ているのは確かだ。それでも深圳のいまの勢いからすれば、困難を乗り越えるだけの力は備えつつある。深圳はすでに香港を抜き、今後は華南経済圏の中心に発展していくのではなかろうか。

「海亀族」や「脱台者」も多数流入

深圳への「ヒト」の流入は活発である。深圳はもともと人口3万人ほどのさびれた漁村だったが、1970年代末から鄧小平氏の陣頭指揮のもとでスタートした改革開放政策を機に、発展の軌道に乗った。1980年には経済特別区に指定され、各種の優遇措置が進出企業に与えられた。対外開放の窓口となった深圳には、国内各地から多くの若者が流入してきた。

2016年当時の人口は1191万人だが、そのほとんどは深圳の外からやってきた技術者や労働者である。平均年齢は32.5歳というから、すこぶる若い。こうした流入者の一部は深圳の戸籍を取得したが、ほとんどは取得できないままだ。1191万人のうち、7割近くは非戸籍人口なのである。

「ヒト」は海外からも入ってくる。深圳市には「海亀族」と呼ばれる海外からの帰国留学生が8万人もいる。従来は海外留学すると、圧倒的多数はそのまま現地に住み着いてしまったが、最近は中国への帰国者が増えている。中国国内にも、深圳のように魅力的な働く場が増えているからだ。このほか「脱北者」ならぬ「脱台者」、つまり台湾からの流入者も増えているという。

1日50万人が来る「華強北」部品市場

「モノ」の供給もふんだんにある。深圳の周辺には、広州、仏山、東莞など経済特区になってから発展した労働集約型産業の集積がある。今となっては賃金高騰から、かつての勢いはみられないが、それに代わってイノベーション都市・深圳への部品供給基地としての役割を担うようになっている。