「なぜアイデアが出ないのか?」と考えた吉田氏が打った手は、なんと、「わざとめちゃくちゃ安くてガタガタの車をつくる」という驚きの方法でした。

それはカローラと比べてどうというレベルではなく、みんなが「これはないよな」というレベルの車でした。すると、その車を見た開発メンバーから次々と意見やアイデアが出てきたのです。

桑原晃弥『トヨタ式5W1H思考』(KADOKAWA)

「いくら安くつくるためとはいえ、せめてここはこうしてほしい」
「さすがにボディーはなんとかしないと」
「サスペンションの品質はもう少し上げたいところ」

こうした批判を経て、次に出てきたのは「ここをこうすれば安くてもいいものができるのでは?」「こうすれば買った人が誇りを持てる車になるんじゃないか」という建設的なアイデアでした。結果、吉田氏の狙いはずばり当たり、ソルーナの開発はここから軌道に乗ることになりました。

部下やチームを嘆く前にやるべきこと

みんなの知恵を引き出すためには、こうした「知恵の出やすい仕組み」づくりも大切です。トヨタ式の基礎を築いた大野耐一氏の口癖は「困らなければ知恵は出ない」ですが、難しい課題を与えて困らせるだけではなく、時には甘くして困らせることもありました。

若い頃、大野氏は標準作業(効率のいい作業方法)をつくるにあたって、理想を追うあまり、現実離れした標準作業を考案してしまったことがあります。たしかに理想的な立派なものでしたが、あまりに完璧を追求しすぎて実際の現場ではうまく機能しないものになってしまったのです。その結果、こう考えるようになりました。

「標準作業は少し甘いくらいでいい」。これは、でたらめなものでいいということではありません。理想的なものに比べてやや甘めにつくっておくと、実際に「できる」という面もありますし、吉田氏のケース同様、やりながら「ここはこうしたらもっと良くなるのでは」「ここはちょっとやりにくいから、変えたほうがいい」という意見が出やすくなる効果もあるのです。

結果的に、標準作業は頻繁に書き換えられるものになり、気が付けば当初の「理想的なもの」を超え、しかし「現実にやれるもの」となっていく、というわけです。

部下が思うように動かず、期待するようなアイデアが出ないと、なかには「なぜみんな、そろいもそろってバカばっかりなんだ!」と怒ったり、「このチームではだめだ」とあきらめたりする人がいますが、その前にやるべきことがあるのです。

「さらなる高み」や「あと一歩上」を目指したいという思惑がうまくいかない多くの場合、そこには知恵が出るような仕組みが用意されていません。大切なのはみんなが率先して知恵を出したいと思うような仕掛けや仕組みをつくることなのです。