パワハラと業務上の指導との線引き

私はAさんに依頼され、勤務する会社の社長に詳しく事情をうかがうことにした。社長はSさんという50代後半の男性だった。

「女性同士のことなのでね、いろいろあるのでしょう。まあ先輩女性たちはおそらく、業務上の指導の一環だったのだと思いますよ。とにかく、今は当番制になったわけですし、問題は解決していると思いますけど」とのらりくらりとした反応だ。

パワハラと業務上の指導との線引きは難しい。「職務の範囲を超えてやらされていた」と主張しても、相手方から「そんなつもりではなかった」と言われると、話し合いによる解決の糸口は見いだしづらい。

そんな時こそ、職場としての能動的な関わりが必要なのだが、S社長は「わずらわしいことは勘弁」とばかりに静観を決め込んでいた。

「女性の働く当たり前」世代間ギャップ

今回の事例には、時代背景による「女性の働く当たり前」の世代間ギャップが大きく関係している。

「第15回出生動向基本調査」(国立社会保障・人口問題研究所)に、第1子出産前後の妻の就業状態の変化について、以下のデータがある。

1985年から2000年に入るまでは、女性の約7割以上が結婚・妊娠・出産のいずれかで仕事を辞めている。当時の職場では「寿退社」という言葉が違和感なく用いられ、「男は仕事、女は家庭」という男女分業的な風潮が強かった。このため、女性の多くは職場で代替可能な補助作業に甘んじていた。年代でいうと、現在の50代女性だ。

その後、21世紀に入ると、地方の中小企業でも育児休暇制度が整備されはじめた。だが、2000年から2009年までの間も、依然として7割弱の女性が結婚・妊娠・出産のいずれかで辞めている。法律は整ったが、職場環境の実態はともなわず、女性たちは自分らしいキャリアを模索し悩んでいた。年代でいうと、現在の40代女性だ。

それが、2010年以降から状況は一変する。2010年から2014年あたりになると、第1子出産前後の妻の就業継続率は5割以上に上昇。辞める女性が約1割減り、代わりに育児休業を取って復帰する女性が約1割増えた。女性の管理職登用など、職場内での女性活躍が求められはじめた時代だ。年代でいうと、現在の30代女性だ。

働く女性を取り巻く環境は、30年の間に急速に変化している。そして、女性活躍の機運は今後さらに加速し、育休復帰の割合も上がると予想される。

一方で、「ゆでガエル現象」と言われる例え話があるくらい、人間は変化を恐れる生き物だ。働く女性を取り巻く環境が目まぐるしく変化していこうとも、自分が思う当たり前からはなかなか抜けられない。昨今の女性活躍の機運を、いまだ正面から受け止められずにいる女性は少なくない。

育休申請であからさまな退職勧奨

かくいう私も、結婚・妊娠・出産を経験する過程で、悩み苦しんだ40代女性だ。

私は、2007年に第1子を出産している。当時は、法律の整備は進んでいても、女性活躍の機運はそれほど高まっていない時代だった。妊娠がわかり、職場に育児休暇を申請したところ、上司からあからさまな退職勧奨を受けた。「え? そこまでしてこんな安い給料にしがみつきたいの?」そう言われた言葉が今でも忘れられない。

その後、生後6カ月の赤ん坊を抱えて新しく勤めた先は、労働者の仕事と家庭の両立などお構いなしの職場だった。慣れない仕事と育児の両立にただただ疲弊し、気力も体力もなくフラフラになった。

就業後はダッシュで保育園に直行し、帰宅後も休みなく育児と家事をこなし、知らぬ間に寝落ちするような毎日だ。夫ももちろん協力してくれたが、すべてをカバーできるわけではない。職場が期待するパフォーマンスを上げられず、育児との両立も思うようにいかず、私はすっかり自分の役割を見失った。