マイクロソフトの創業者ビル・ゲイツは、なぜ早々に引退して慈善事業家になったのか。オリンピアンの為末大氏は「勝つ必要のないことは諦めたほうがいい。恐らくビル・ゲイツはPC業界でこれ以上勝つことを諦め、慈善事業の世界に挑戦した。成功した起業家の多くは、その姿勢に憧れている」と語る。為末氏が繰り返し強調する『諦める力』の価値とは――。

※本稿は、「為末大オフィシャルブログ」のポストと、『諦める力』(小学館文庫プレジデントセレクト)のまえがきを再編集したものです。

庭が広すぎるとメンテナンスに時間をとられる

『諦める力』が、文庫本になった。改めて考えてみるとこの本で伝えたかったことの一つがリソースの解放だったと思う。

個人として戦略的に生きることを考えてみたい。まず人生を拓いていきたい人にとっては、とにもかくにももっとも足りないリソースは時間である。どこに時間を割り振るかによって個人の人生は大きく左右される。ところがその肝心の時間がなかなかない。若いときはあったがどこに配分していいか検討がつかなかった。大人になると配分したいけれども余った時間がない。

大人になると人間関係が増える。また、自分が関わる範囲も増える。庭が広ければメンテナンスだけで大変な時間が食われる。だから庭師の方にメンテナンスをお願いするが、その庭師の方に庭のありようを説明または指示しなければならないとしたらそれにもまた時間がかかる。ましてや庭を人に見せる機会があったり、庭はこうであってほしいという理想があれば余計にこだわりは強くなる。気になりすぎて庭の剪定を自分でやりたくなってしまうこともあるかもしれない。

そうなれば庭が三つもあればもう時間は相当に食われているだろう。この三つの庭はおそらく一つの庭に集中投下したときよりは程度の低い庭になる。また、新しい庭を見つけても、そのことを考える時間が取れない。少し考えたらまた明日がやってきて庭の手入れの時間が来る。

時間というリソースを解放するために「諦める」

どうすれば時間というリソースを解放することができるのか。自分の思う通りに生きて、余計なことをやるのをやめよう、人にどうこう思われるのをやめようということがシンプルな解になる。

一方でこのような考え方に抵抗がある人たちもいる。とくに真面目な人は、諦めないように育っている。庭を改善することをやめたり、放っておいたり捨てたりすることは諦めだと考えている。大きな意味でやりたいことを諦めないために、リソースを解放しなければならないが、今やっていることを諦められないからそれができない。このような矛盾を感じて、『諦める力』を書いた。