さまざまな投資家を回った。その1つがパナソニックだった

【田原】最初に無線LAN搭載のデジタルカメラをおつくりになったそうですね。これも「デジカメ×インターネット」だと思いますが、パナソニックでおつくりになったものとは違うんですか?

【岩佐】Cerevoでは、インターネットにつないで映像を生配信できるカメラをつくりました。孫(正義)さんがユーストリームという映像生配信の会社にドンとお金を入れたのが10年の5月。その半年前に発表して売り始めました。それが最初の製品になります。

【田原】会社は順調でしたか。

【岩佐】はい。最初は常勤が私1人、アルバイト1人からスタート。1年で6人になって、一番多いときで社員数は96人まで増えました。

【田原】Cerevoを10年やって順調だったのに、今回、パナソニックに出戻りをして話題になっています。具体的に言うと、CerevoがShiftallという子会社をつくってパナソニックに売却。岩佐さんはShiftallのCEOになった。これはどちらからアプローチがあったんですか。

【岩佐】両方です。まずCerevoは資金調達をして拡大をしたいと考えていました。ベンチャー企業は投資と成長がワンセット。さらに成長を続けるためには、新しく投資を受けることが必要でした。そこでベンチャーキャピタルを中心にさまざまな投資家のところを回っていたのですが、その中の1つがパナソニックでした。

【田原】パナソニック側は?

【岩佐】お話しに行ったのがパナソニックの宮部義幸専務で、「投資もいいけど、ちょっと助けてくれや」と。どういうことかと詳しく聞いてみると、パナソニックは失われてしまったアジャイル開発をまたやりたい、そこを手伝ってくれないかというお話でした。

【田原】アジャイル?

【岩佐】開発手法の1つです。かつてソフトやハードの開発は、順序立てて1つずつクリアしていき、100点満点になってから世に出す「ウォーターフォール」という手法が主流でした。それに対して、粗削りの段階で市場に出して、ユーザーの反応を見て修正していく手法を「アジャイル」と言います。いまのベンチャー企業などはスピード感のあるアジャイルで開発します。パナソニックも昔は社内にアジャイルの機能があったけれど、いまは失われているので、一緒に組んでノウハウを伝えてくれという話でした。

【田原】その話、どう思いました?

【岩佐】最初は、こちらから投資のお願いをしに行ったのに、重たい宿題をもらってしまったなと。でも、いろいろと考えた結果、話を受けることにしました。私は日本生まれの日本人。もともと好きな業界でもあるので、日本の家電業界に元気になってほしいという思いはずっと持っていました。私は18年で40歳で、人生の折り返し地点を迎えることも大きかった。これまでお世話になった業界に私の力で何か返せるものがあるなら、いまだろうと。幸い、声をかけてくれた宮部専務や現社長の津賀一宏さんも含め、経営陣には見知った人が多く、いいもわるいも基本的な考え方はわかっています。まったく知らない環境ではなく、パフォーマンスを出しやすいかなと。