国連の職員になるならと2浪してICUへ

【田原】それで、不条理を正すためにどうしましたか?

【安田】国際紛争を解決に導くには、国際政治学者や国連の職員になればいいと考えました。で、学者になるなら東大で、国連の職員になるならICU(国際基督教大学)だろうと。単純な発想です。

キズキ共育塾 代表 安田祐輔氏

【田原】毎日13時間以上勉強したそうですね。ずっとサボっていたのに、よく変われましたね。

【安田】切羽詰まっていましたから。高校時代、アルバイトを7回変えました。サービス業は苦手で、どうしても長続きしなかった。そうなると、身を立てるには勉強しかないなと。もう1つ、勉強してみたら意外に楽しかった。夜の街を彷徨っても成長は感じませんでしたが、勉強すると、昨日読めなかった英語が今日は読めたりする。成長を実感できるのが面白くて、気がついたら睡眠以外の時間はほぼ勉強に充てていました。

【田原】浪人を2回やった後、ICUに合格。大学生活では何を?

【安田】中東問題に興味があり、イスラエルとパレスチナの問題を扱う学生団体に入りました。その学生団体で、イスラエルとパレスチナの若者を12人、日本に招いて、1カ月合宿して対話してもらう平和会議をやりました。日本への入国はビザが必要ですが、パレスチナ人はイスラエル側に入れないため、自分でビザを取れません。だから僕が現地まで行って、彼らからパスポートを預かり、イスラエルのテルアビブにある日本大使館に行ってビザを取り、またパレスチナ自治区に戻るといったこともやりました。

【田原】安田さんは、自分のことを発達障害とおっしゃる。発達障害でも、そういうことができるんですか?

【安田】発達障害にもいい面があって、さっき言ったようにあることに集中し始めると本当に集中力がすごいんです。このときはいい面が出たんだと思います。

【田原】そのあとはルーマニアに行く。

【安田】ルーマニアの研究機関にインターンに行ったのですが、3カ月で辞めました。そこで一緒に働いていたアメリカ人やイギリス人は、現地をよく知らないのに偉そうなことばかり言う。それって何か違うんじゃないかと。ただ、僕も世界を知っているわけではありません。世界の最貧国と言われる国で苦しい生活をしている人たちと一緒に暮らしたうえで自分に何ができるかを考えようと思い、バングラデシュに行きました。

【田原】マザーハウスの山口絵理子さんと発想が似てるね。山口さんも米国の研究機関で同じ思いを抱いて、バングラデシュの大学院に入った。彼女は現地の貧困を解決するために起業したけど、安田さんは商社にお入りになった。これはどうして?

【安田】そこが僕の弱いところだったんでしょう。バングラデシュの娼婦街でリストカットした子やメンタルを病んでしまった子を見て、支援する方法を見つけたいと思ったのですが、一方で人から称賛されるブランド力のあるところに所属して安心したいという欲求もあった。自分に嘘をついて就活しているうちに受かったところに行ってしまった感じです。