不登校中退者の進学塾「キズキ」。8年前、現在34歳の安田祐輔さんが設立しました。安田さん自身も不登校中退者で、新卒では大手総合商社に入るも、4カ月でうつ病に。そうした経験から立ち上げたキズキは、講師の半分以上が発達障害や不登校の経験者です。何度も挫折を経験してきた安田さんが、当時を振り返りながら、新社会人へのメッセージをつづります――。

※本稿は、安田祐輔『暗闇でも走る』(講談社)の第7章「人生はやりなおせる 発達障害・うつ・ひきこもりだった僕が不登校・中退者の進学塾をつくった理由」を再編集したものです。

自分のことを「強い」と思い込んでいた

キズキに通う生徒たちの状況は、ひきこもり、中退、不登校など様々だけれども、彼らに共通していることも、「大きな挫折を経験している」ということだ。

「もう2X歳になってしまった。周りは働いているのに……」
「二度と、普通に生きられないかと思うと怖い」

毎日のように、そんな若者たちが全国からキズキにやってくるようになった。そんな彼らに対して僕が伝えるのは、意外に遠回りも悪くないよ、ということだ。

僕も、親の離婚、暴走族のパシリ、中退、ひきこもり……、色々なことを経験してきたけれども、だからこそ本当にやりたいことが見つかった。そんな経験のおかげで、家族に問題を抱えている若者の気持ちも分かるし、保護者の相談にも乗れる。そして何より、入社4カ月でうつ病になったことで、「人の弱さ」が分かるようになった。

ICU入学時の安田祐輔さん

12歳で家を出て生き抜いてきたことで、僕は自分のことを「強い」と思い込んでいた。でも実は、多くの人が当たり前にできる会社員生活が僕にはできなくて、そこで「弱さ」を理解した。「頑張れない」人の気持ちが分かるからこそ、今の事業を起こせた。

社会の中でつまずいてしまった人たちの気持ちが分かるようになってから、世界は豊かに見えるようになった。10代からの挫折の連続は、20代後半になって、一本の線でつながった。

有名な会社で働き、高い年収を得ても、何か物足りない

僕の周りの優秀な人たち、それも高い年収を得て、有名な会社で働いている人たちの中で、何か「物足りなさ」を感じている人は多い。

「自分が本当にやりたいことは何なのか分からない」という話をよく聞く。能力をつけて誰もが羨む地位や収入を手に入れたとしても、それだけだと「空虚さ」のようなものを抱えてしまうらしい。けれども、何かしらの挫折を経験した僕らは、ラッキーだ。

やりたいことを行うためのハードルの高さに苦しむことがあっても、「やりたいことが分からない」という悩みは少ないかもしれない。「挫折」のおかげでやりたいことがある。

僕の好きな言葉に、マッキンタイアという政治哲学者の言葉がある。

「『私は何を行うべきか』との問いに答えられるのは、『どんな(諸)物語の中で私は自分の役を見つけるのか』という先立つ問いに答えを出せる場合だけである」(『美徳なき時代』アラスデア・マッキンタイア著、篠崎榮訳/みすず書房)

何かを成そうと思うのならば、徹底的な努力や我慢が必要だ。ただ、その努力や我慢が「自分を苦しめている」次元まで到達したならば、「諦める」ことも選択肢にいれた方がいい。

「時間」の力は偉大で、いつか全てを癒してくれる時がくる。それだけでなく、「時間」はその苦しみを、「物語」に変えてくれる。

多くの人から賞賛されるような学校に行くこと・会社に勤めることよりも、自分の「物語」に沿って、自分の納得する道を歩んだ方が、幸福や自己肯定感にはつながるのかもしれないと僕は思っている。