挫折を味わった人間の強さ

なにも、日本人が思考力に劣る、というわけではない。むしろ理解力は高いだろう。

しかしながら、集団の中で個人が突出するような存在が、まだ認められない社会である。出る杭(くい)は打たれる。まさにそういう文化がある。早い話、独自のアイデアを考え出すというのは、度胸がいる。日本代表の中心として活躍している本田などはまさにそのタイプだが、彼は子どもの頃から「変人扱い」をされてきた。

そこでひとつの仮説として、日本人は打たれることで初めて強くなる、と考えられないだろうか。言うまでもないが、それは指導者のシゴキでも、先輩の後輩いじめでもない。挫折を糧にする、ということだ。

刮目(かつもく)すべきは、日本代表で活躍するような選手の多くが、挫折から再起している点だろう。本田はガンバ大阪のジュニアユース出身(中学生まで)だが、ユースに昇格すらできていない。そのときの屈辱が、彼を強くした。長友、岡崎、小林悠、中村憲剛、大島もユース年代は全国的に無名に近い。長谷部もエリートのように扱われるが、ワールドユース(現在のU-20W杯)では年下選手にポジション争いで敗れ、メンバー外だった。

そういう選手の多くが、いずれも部活チームで育っている。これは見逃せない事実だろう。

自分自身を見つめ直せるかどうか

現在、サッカー選手の育成はクラブユースが主流になっている。自由な雰囲気で、個人が尊重される。栄養面まで行き届いており、ライセンスを持った指導者がいて、施設面も充実。当然だが、昔ながらのシゴキなど無縁で、あらゆるトレーニングがロジカルに行われている。

ところが、結果が出ているとは言いがたい。

部活チームを超えられないのだ。

部活チームは今の時代、あからさまなシゴキは全面的に禁じられている。しかし、そこはかとない不条理を与える感覚は残っているだろう。例えば、水を飲ませない、はなくても、負けた罰でグラウンド10周、という慣例はなくなっていない。

これは必ずしも効果的トレーニングとはいえない。少なくとも必然性はないものだ。

しかし厳しい勝負の世界では、時に不条理が迫る。説明が付かない。そういう事態に対し、柔軟に応じられるか。結局のところ、そこが勝敗を分けるのだ。

部活チームでは、施設面も足りないことが多いだけに、強くなるには全員が自発的に考えることになる。また、クラブチームから落ちた選手は見返すため、自分に向き合わざるをえない。なにが足りないのか、どうすれば上達できるのか。そのために、血眼になって日々を生きる。部活チーム出身者がタフな理由だ。

理不尽さ。

それは日本サッカー育成のキーワードかもしれない。

小宮良之(こみや・よしゆき)
スポーツライター。1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。著書に『導かれし者』(角川文庫)、『アンチ・ドロップアウト』(集英社)、『エル・クラシコ』(河出書房)、『おれは最後に笑う』『ラ・リーガ劇場』(東邦出版)などがある。近著は小学校のサッカーチームを題材にした小説『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)。
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(写真=時事通信フォト)