バルサの選手はどうやって育ったのか?
世界最高のサッカークラブはどこか。そのひとつはスペインの「FCバルセロナ」(以下、バルサ)だろう。リオネル・メッシという数十年に一人の英雄的選手を生み出していることも大きい。
バルサはどうやってメッシを育てたのか?
その育成論を採り入れようと、現地に赴く日本のサッカー関係者は少なくない。
バルサのプレーには華やかさと様式美がある。自分たち主体でボールを持ち、軽やかにパスをつなぎ、コンビネーションを使ってゴール前に持ち込む。能動的で論理的であると同時に創造的。育成段階では、技術的に卓越とした選手が鎬(しのぎ)を削り、その水準は飛び抜けている。子供たちは高尚で洗練された教育を受ける。多くの親は、その“エリート性”にも夢を抱くはずだ。
しかし、日本サッカーはバルサを「育成の理想」とすべきなのか?
イニシアチブを握れる選手を育てる「ラ・マシア」
バルサの育成が世界有数であることは間違いない。
下部組織であるラ・マシアは、数多くの逸材を生み出してきた。
1988年、監督に就任したオランダ人ヨハン・クライフが、ラ・マシアからトップチームまで一貫したボールプレーのスタイルを確立。ジョゼップ・グアルディオラをプレーメーカーとして抜擢(ばってき)し、彼がつけた背番号4は一つの系譜となっていった。シャビ・エルナンデス、アンドレス・イニエスタ、セスク・ファブレガス、チアゴ・アルカンタラ、そしてセルジ・ブスケッツと受け継がれている。
どのポジションでも、「ボールを用い、プレーを動かし、イニシアチブを握れる選手」がラ・マシアで生き残る条件となる。GKを見ればその傾向は顕著で、多くのタイトルを勝ち取ったビクトール・バルデスは足でボールを使うプレーに長(た)け、リベロGKとして欧州に名をはせている。徹底したスカウティングと洗練されたトレーニングによって、バルサはバルサらしいプレーヤーを生み出し、その点は他の追随を許さない。
冒頭で触れたように、メッシひとりでラ・マシアは正当性を提示している。
しかし、バルサはボールプレーを突き詰めすぎるという点で、“特殊な環境”であることを知るべきだろう。