※本稿は、ブレイディみかこ、松尾匡、北田暁大『そろそろ左派は〈経済〉を語ろう レフト3.0の政治経済学』(亜紀書房)の第1章「下部構造を忘れた左翼」を再編集したものです。
「再分配」と「経済成長」は対立しない
【北田暁大(東京大学大学院情報学環教授)】先ほどブレイディさんがおっしゃった「Left(左翼)」の定義(編注:富と力は社会のすべての部分で分配されるべきだと信じる政治的な集団)で言うと、一応日本の左派の間でも「富の分配」の問題は議論されているんですよね。でも、なぜかそれが「成長」の問題とは切り離されて考えられてしまっている。
【松尾匡(立命館大学経済学部教授)】日本では再分配と経済成長が、まるで対立するものであるかのように思われているような気がします。
【ブレイディみかこ(保育士・ライター・コラムニスト)】そこが不思議なんですよね。よく、「分配しないのなら成長しなくてもいい」みたいなことを言う人がいるし、どちらが先かで論争になっていることもある。「成長か分配か」という対立軸も欧州にはほとんどありません。ずっと疑問に思っているんですけど、なんでなんでしょう?
【松尾】経済成長というと、大企業がウハウハ儲かるというイメージを持たれているのかもしれませんが、たとえば福祉サービスに使うお金が世の中全体でどんどん増えて、失業者が福祉労働者として雇われていくことでも経済成長はするんですよね。もちろん経済成長の必要性を訴える人にもいろいろな主張があるので、中には「成長は必要だけど再分配は必要ない」と言う人もいます。でも、本来は成長と再分配というのはお互いに排他的な関係にはないので、普通に両立できるはずのものなんですよ。
「誰かが得なら、誰かが損」という誤ったイメージ
【北田】そもそも社会全体のパイが小さくなってしまっているのだから、小さくなってしまったパイの切り分け方を変えるだけじゃなくて、きちんと全体のパイを大きくしていく経済成長も目指さなければならないのは当然ですよね。「成長か分配か」という二者択一ではなくて、松尾さんのおっしゃるように、その両立を目指すことが必要です。二兎ではなく同じ事柄の二側面です。
【松尾】両者が対立するもののように考えられてしまうのは、おそらく、「誰かが得をしていたら、その分、裏で誰かが損をしているに違いない」というようなイメージがあるからじゃないでしょうか。でも、一般に市場での競争が、こういう「食うか食われるか」の弱肉強食のイス取りゲームになってしまうのは、いまの日本のような、むしろ適切な経済成長がない長期停滞の時代なんですよ。適切な経済成長があれば、誰かのイスを奪うことなく誰もが仕事を得て豊かになれるはずなので、格差や貧困の問題を解決しようとしたら、まずはデフレを脱して景気をよくすることを考えなければなりません。
【北田】わたしは成長を言わずに分配だけを主張することは、ともすると「増税して社会保障に充てればいい」とか「どっか余っているところからぶんどってくればいい」という緊縮的な発想に陥りがちで、すごく危なっかしいと思います。パイが限られているということを前提に、その分け合い方を争うわけだから、それこそ弱肉強食のイス取りゲームになってしまいます。