「覇権主義には陥らない」を決意

「他社がやるなら、うちもやろう」――日本企業は長らく横並びの行動を重ね、狭い国内市場で過当競争を続けた。右肩上がりの時代はそれでも転ばずにすんだが、バブル経済がはじけたとき、様変わりしていた環境に、行く手を遮られる。世界の市場から国境が消えるグローバル化と、デジタル化に代表される技術革新の速さが、競争条件を一変させていた。

デンカ 会長 吉高紳介

多くの産業で「失われた10年」に突入する。でも、そこで「時代の変化に合わせ、自らも変わろう」と覚醒した企業は、横並びで何でも手がける「総合企業」から、独自技術で得意分野を深掘りする「スペシャリティー企業」へと針路を定め、展望を開く。電気化学工業(現・デンカ)で四十代後半、その舵取り役を務めた。

1998年12月、電化は新日鉄化学(現・新日鉄住金化学)、ダイセル化学工業(現・ダイセル)と3社で、ポリスチレン樹脂事業を切り出し合い、東洋スチレンを設立した。ポリスチレンは供給過剰の状態が続き、各社とも収益が悪化していたため、設備を集約して生産量を調節する狙いだ。その年の1月に経営企画室の部長に就き、統合交渉を主導する。