雇用主は「知らなかった」とシラを切れる
来日後、タン君はうどん店で働き始めた。時給は1050円で、1カ月働いて10万円少々の収入があった。それでも生活はできるが、借金の返済までは回らない。また、翌年分の学費も貯める必要がある。そこで2つ目のアルバイトを探し、牛丼店で職を得た。
牛丼店での面接の際、タン君は店長に対し、うどん店で働いていることを告げた。うどん店での勤務は週28時間近くに上るため、牛丼店で仕事をすれば法律の上限を確実に超える。そのことに後ろめたさを覚え、事前に申告したのである。
しかし、牛丼店の店長は「大丈夫」と言うだけで、法律違反を気にする様子もなかった。うどん店にも牛丼店で働き始めることを伝えたが、やはり「大丈夫」と言われるだけだった。両方の店ともに、タン君の違法就労を黙認しているのだ。
このように、個々のアルバイトの労働時間が「週28時間以内」を超えない限り、かけ持ちは簡単にできてしまう。タン君のように正直に告白するケースは少ないだろうが、アルバイト先も留学生の事情に気づいている。それでもアルバイトを確保しようと、彼らを雇い入れる。たとえ違法就労が発覚しても、「知らなかった」とシラを切れるからだ。
複数の銀行口座を使い分ける
牛丼店の時給は、夜勤の割り増しがついて1250円になる。うどん店でのアルバイトと合わせ、タン君の収入は月24万~25万円に増えた。おかげでベトナムに残した借金も返し始めている。
日本語学校のクラスメートの間でも、時給の高い夜勤は人気だ。連日の夜勤で、授業中は眠りこけている留学生も目立つ。勉強などそっちのけで、少しでも多く稼ごうとしているのだ。
タン君には今、悩みがある。来日時に取得した留学ビザの期限「1年3カ月」が迫っている。その更新がうまくいくかどうか心配なのだ。
ビザ更新の際には、日本語学校を通して入国管理当局に必要書類を提出する。その中には、銀行の預金通帳のコピーも含まれる。留学生が「週28時間以内」を超える就労をしていないかどうか、入管当局がチェックするのだ。
他の“偽装留学生”と同様、タン君も2つの銀行に口座をつくり、それぞれのアルバイト先から別の口座に給与の振り込みを受けている。このやり方で、先輩留学生たちは難なく更新をくぐり抜けていた。しかし最近は、入管当局の目も厳しくなりつつある。