「先を越されたら負け」という切迫感
中国では市場が大きく、かつ良いアイデアはすぐに誰かが実行に移す。だから、仮に良いアイデアを持っていたしても、誰かにまねされて先を越されれば意味がない。「私もそれ、考えていたのに!」と後から訴えても、誰も耳を貸してはくれないのだ。
これまでのビジネスでは、「やる前にまず考える」というのが当たり前だった。例えばファッション業界に参入する場合、どんな服を/どんな人に/どうやって届けるか、ということを市場調査で把握し、実験を繰り返した上でできるだけ失敗しないようにやる。それが成功への近道だった。
ところが、モバイクのようなシェアリングサービスや、スマホアプリで提供されるネット系サービスでは、市場のシェアは急速に伸ばせば伸ばすほど良い。日本で言えば、メルカリなどのフリマアプリや、LINEなどのチャットアプリがまさにその代表例だ。シェアが伸びれば伸びるほど、ユーザーは自然と「他の人が使っているから使いたい(使わざるをえない)」と思うようになる。他に使っている人が多ければ多いほど、ユーザー自身が便利になるサービスだからだ。
そういったサービスにおいては、たとえ未完成のものでもさっさと市場に出し、いち早くシェアを伸ばす必要がある。“時間をかけて考える”というこれまでの正解が、シェアリングサービスでは間違いになってしまうのだ。だからモバイクやオッフォは「短期間で成長した」というよりは、「短期間で成長せざるを得なかった」と言った方が正しい。
中国で起業する人はみな、このロジックを痛いほど理解している。だから、何か新しいビジネスを思いついたら選択肢は2つしかない。「今すぐやる」か、「諦める」かのどちらかしかないのだ。
投資でもうけようとする中国人
モバイクが急成長したのは、中国のビジネス界や社会全体に「投資でもうける感覚」が強いことも背景にある。中国では起業が一般化しており、会社をつくるときや新しいビジネスを始めるときには、その家族や友人・知人が初期投資をしてくれることが多い。これは善意でやっているというよりは、その会社をともに大きくして、そのリターンを得ようという“WIN-WIN”の意識によるものだ。
日本では、「お金をもうける=コストを抑えて売り上げを伸ばす」という感覚が一般的だ。もちろん中国にもその考えはあるが、「新しいアイデアで会社を興す→資産としての会社を成長させる→会社を売却してもうける」という、シリコンバレー流の「資本主義の原点」ともいえる考え方が、急速に浸透しているのを感じる。
これはどういうことか。イチからベンチャーを起こすのは数百万円もあれば十分だ。その資金は家族や友人・知人などから集める。その後、会社が大きくなり、たとえば毎年1億円の利益が出るようになれば、その会社には何十億円分もの価値がつく。創業者だけでなく、創業時に出資した人たちは、元手の何十倍何百倍もの価値を手に入れることができる。利益に応じて配当も支払われるだろうし、上場すれば株式を高値で売却することもできる。創業者であれば会社ごと売却してもいいだろう。これがベンチャー投資でもうけるという基本的なロジックだ。
日本人は「会社を売買する」という感覚にあまりなじみがない上、創業から何十年もたった老舗企業に価値を見いだす人が多いため、例えばホンハイにシャープが買収されるというのは、まるで国を乗っ取られたかのような敗北感が漂うが、中国人のマインドとしては、会社を売るというのは、資本主義の原則に従っているだけで、決して悪いことではない。
多くの中国人がシリコンバレーから帰国してビジネスを行っていることや、上記のロジックに沿ったベンチャーキャピタルのようなリスクマネーが急速に増えたことが、「(ベンチャーに)投資する=お金もうけ」という考えに拍車をかけている。モバイクにベンチャーキャピタルからの投資が集中したのは、そういったシンプルな理由も背景にある。