※本稿は、山田泰司『3億人の中国農民工 食いつめものブルース』(日経BP)の第5章「EXILEと中国の農民」を再編集したものです。
国民的英雄の「不倫」に非難が殺到
中国に林丹(リンタン)というバドミントン選手がいる。北京、ロンドンと二大会連続で五輪男子シングルスで金メダルを獲得した。バドミントンは卓球と並ぶ中国の国民的スポーツで、市民スポーツとしても盛んだ。上海で私が最初に勤めた国有の雑誌社でも、昼休みは会議室のテーブルを使って卓球、そして月に一、二度、土日のどちらかに中学や高校の体育館を借りて同僚が集まりバドミントンに興じていた。
そんな人気スポーツで林丹選手はオリンピックを連覇、うち一度は自国開催の金メダリストなのだから、まさに国民的英雄だったのである。
「だった」というのは、その林丹選手に2016年11月、不倫が発覚したためである。
林選手の妻はやはりバドミントン選手で北京オリンピック女子シングルスの銀メダリスト謝杏芳(シユシンファン)選手だが、二人の間に第一子が生まれてから二週間と経たない時点でゴシップメディアが林丹選手とモデルの不倫現場の写真を暴露。日本で言うところの「ゲス不倫」に、メディアや市民の非難が殺到した。
妻が妊娠していた時期の不倫
ちなみに「不倫」は中国語では以前、「婚外情(ホンワイチン)」という言い方が一般的だったが、いつからか「出軌(チェーグイ)」、すなわちレールや軌道を踏み外すという表現が定着した。今回の林丹選手のケースを伝える見出しには、「孕期出軌(ユンチーチューグイ)」、すなわち妻が妊娠していた時期の不倫という言葉が並んだ。そして、そんな林丹選手には「渣男(チャーナン)」という非難が浴びせられた。「渣」は日本語と同じ「しぼりかす」の意味で、文字どおり「カス男」というわけである。「孕期出軌」をした「渣男」。改めて、中国語はあからさまで生々しい言葉だと思う。
林丹選手に「カス男」という非難が集まるのは、言葉の激しさを脇にのければ、ある程度致し方のないことではあろう。ただ、この騒動で私が気になったのは、非難の書き込みに、林丹選手の行為とは直接つながらない中傷が、不倫騒動をきっかけに一気に噴出したことである。それは、林丹選手の容姿が、農村出身の出稼ぎ労働者、中国で言う「農民工」「民工」のようだ、というものだ。