スターウォーズでいえば、エピソードI~IIIにあたる
ふつう、編集者が自分の手がけた本のことをくどくど語ることはしないのだけれども、ひとかたならぬ思い入れと、四半世紀の歴史、及びやや複雑な経緯のある本なので、今回は書かせてもらおうと思う。
まずはこの本との出会いについて。昨年、ジョブズの体調が急激に悪化し、肝臓移植を受けた。一時は生命の危機も噂された。それからほどなくして、FORTUNE誌が「CEO of the Decade」という特集を組んだ(>>詳細)。表紙は巨匠アルバート・ワトソンによるジョブズのポートレート。つまりジョブズこそ、「この10年で最高のCEO」ということである。FORTUNEは「もしも」のことも考えてあの時期にジョブズ特集を組んだのでは……というのは考えすぎだろうか。
この特集のなかに「The Books of Jobs」という記事があり、アメリカでもすでに20冊以上出ているジョブズ本の分析をしていた。そのなかで特別扱いされていた本がマイケル・モーリッツのThe Little Kingdomという本だった。大体こんなことが書いてある。「この本のあそこに、あの本のここに、同じような記述が出てくる。これは“モーリッツ・ファクター”とも呼ぶべきもので、すべて彼の著書、The Little Kingdomからの抜粋なのである」。小飼弾さんも、本書のことをこのように評している(>>小飼弾さんブログ)。
「今後もAppleとSteve Jobsに関する本はいくつも出るだろう。しかし、Apple創業からAppleを追われるまでの物語、Star Warsで言えばEpisode I-IIIに相当するこの時期の物語として、本書を超えるものは現れないだろう」
そう、この本はいわば、すべてのジョブズ本の「原典」ともいえる一冊なのである。理由は、モーリッツが優れたジャーナリストだったせいもあるが、この本がジョブズを激怒させ、以後、こうした密着取材を受けなくなってしまったからでもある。そうなることは本人もわかっていたはずだ。彼は一度、タイム誌の記事でジョブズを怒らせ(モーリッツによれば編集者が記事を勝手にいじったらしい)、出入り禁止になっていた。そのときのこじれた関係を修復しないまま出た本だったのだから。しかし、さらなるジョブズの怒りを買うリスクを冒してまで書いているだけあり、膨大かつ緻密な取材に基づいた、パソコン黎明期という時代の空気感まで伝わってくる重層的なノンフィクションだ。
初版のタイトルはThe Little Kingdom、サブタイトルはThe Private Story of Apple Computerでありジョブズの名前は出てこない。FORTUNEでジョブズ特集が組まれたのとほぼ同時期にこの本を増補してタイトルも新たにしたReturn to the Little Kingdomが発売された。サブタイトルはSteve Jobs, the Creation of Apple, and How It Changed the World。『スティーブ・ジョブズの王国』は、この新版の日本語版である。初版の翻訳者、青木榮一さんの許可をいただき、初版の邦訳をベースに、大幅に補足(ページ数は3割増)し、再編集した。
監修・解説者の林信行さんとは、この前に手がけた『トレードオフ』という本を通じてやりとりさせていただくようになった(>>林信行さんのブログ)。偶然にもお互いの職場が「スープが冷めない距離」なので、超多忙で全然つかまらない林さんを待ち伏せしたものだ。その忙しいなかで、この大著を丁寧に監修し、「いいジョブズ・悪いジョブズ」のエピソード満載の解説を書いてくださった。作業はすべてiPad上で行われ、ただの一枚も紙を使わないというデジタルでエコなワークスタイルにも感銘を受けた。