「なぜ楽天を辞めたかって、うーん。ある種の達成感は得てしまったということでしょうか。自分のやったことを新聞で見ても、こんなものかと感じました。僕自身は、マスコミに取り上げられるのも、証券会社にチヤホヤされるのも好きじゃなかった」

それまでの転職と違って、山田は楽天を辞めてから1年ほど、ボーッとして過ごしている。スカウトの口はいくつもかかってきた。なかには、一緒にファンドを立ち上げようという話もあった。

しかし、山田は応じなかった。そして、2008年に、「ヨーロッパ風手作りドーナツの店」ネインを立ち上げたのだ。

「一から十まで、自分でできるユニークなことがやりたかった。アメリカンタイプじゃない、しかもパティシエがきちんと作り込んだドーナツは面白いんじゃないかと思ったわけです。ドーナツならゆくゆくは世界展開も考えられるし」

山田の決断を、家族はどう思ったのだろう。今回ばかりは先行きが見えない。以前の転職とはわけが違う。

「でも、家内は反対しませんでした。やりたかったら、やってみれば、という感じですかね」

楽天のストックオプションによる蓄えがあったことも大きかっただろう。現在、妻と高校生の長男、小学生の次男はフランスで暮らしている。次男がサッカーの名門プロクラブのジュニアチームに入団が認められたため、3人で渡仏したのだ。

それにしても、数百億円というディールから、1個200円台のドーナツ販売に変わって、山田はどう感じているのか。

「とにかく楽しい。モノがまずくても僕のせい。モノが売れなくても僕のせい。サッカーで言うと、オーナーや監督やコーチでなく、プレーヤーなわけです。考えてみれば、自分の足でボールを蹴るプレーヤーとしての仕事は初めてでした」

山田は、お金よりもプレーヤーの楽しさを選んだのだ。(文中敬称略)

(永井 浩=撮影)