では、この意識をどうすれば変えられるだろうか。私が出した結論は、時給の引き上げだった。当時の時給は450円。それを一挙に160円アップして610円にし、そのうえで、時給600円で新規募集をかけた。なにしろ破格の時給だ。50人の応募枠に270人が詰めかけ、事務所の外まで面接の行列ができた。
すると、古株の30人のパートさんの態度ががらりと変わってしまったのである。工場の中を小走りで移動するようになった。殺到する応募者を見て、うかうかしていられないと思ったのだろう。パートさんの心理は、「勤めてやっている」から「クビにされたくない」に変わったのだ。私の狙い通りの結果になったが、この小走りの働きぶりがイトーヨーカ堂に認められ、直販ができるようになったのは想定外の出来事だった。
ただし、破格の時給を支払ったことは、思わぬ副産物を生むことになった。近隣の企業のパートさんがみんな辞めてしまい、雪国まいたけに集中してしまったのだ。困った近隣の企業は、ネガティブ・キャンペーンを展開した。「雪国に行くとひどい仕事をさせられる」「時給610円なんて嘘だ」。これには、困った。私は再び、なぜ、なぜを始めた。
なぜ、なぜの連鎖を正しい答えに導くコツは、相手の立場に立って考えることにある。このときは、デマを信じた村人の立場に立って、なぜ、なぜを繰り返した。そして閃いた。他の企業では絶対に味わえない家族サービスを社員に提供し、その中身を村人たちに知ってもらえば、悪い噂を信じなくなるだろうと。
しかし、どうやって?
9月の20日、21日の2日間、朝の9時から夕方の5時まで、雪国まいたけの本社付近からヘリコプターが何度となく舞い上がっては、村の上空をぐるりと一周してもどってくる動きを繰り返した。実はこれが、私の考えた「他の企業では絶対に味わえない家族サービス」であった。ヘリを2日間チャーターして、社員とその家族を乗せた遊覧飛行を企画したのだ。自分が生まれた村を上空から眺める経験など、一生に一度のことだろう。
この家族サービスの内容は瞬く間に村中に広まり、弊社にまつわる悪い噂はあっという間に消えてしまった。なぜなら、9月20日と21日の両日は、稲刈りの日だったからだ。私は、村人が総出で稲刈りをしている日を選んでヘリを飛ばしたのだ。弊社の家族サービスを村人全員に知ってもらうには、こうするのが一番確実で手っ取り早かったのである。