振り返ってみれば、冷戦終結時の1990年前後に時代の分岐点はありました。バブルに浮かれ、アメリカへの従属を強化した日本に対し、同じ敗戦国でありながらドイツはみずからEUという新しい「帝国」を創出し、その盟主となりました。

ここで、日本も賢明な判断をしなければなりません。この先、EUは「閉じた経済圏」を完成させ、ロシアや中国のユーラシア大陸の経済圏、トルコが主導する中東の経済圏とゆるやかに連携するでしょう。となれば、米英は今までのような影響力を行使できず、ユーラシア大陸に手を出せなくなっていくはずです。世界史を「海と陸のたたかい」だと見る見方がありますが、米英が覇権を握った「海の国」の時代が終わり、「陸の帝国」の時代に移っていくのです。

もちろん、現在の東アジア諸国を見渡しても経済の発展段階が違い、すぐには「閉じた経済圏」のパートナーとなりえません。たとえば、中国はいまだ貪欲に経済成長を目指しています。まさに近代化の途上です。

いまは閉じてゆくための準備期間

だとすれば、日本が手を結ぶべきはEU帝国です。これは、EUとの貿易を活発化せよという意味ではありません。「日本も陸の国と同じ方向を目指しています。成熟した経済圏をつくる準備がありますよ」という連携のメッセージを発信しておくべきしょう。

幸いドイツはゼロ金利で経済の成熟度も価値観も日本に近い。ドイツも日本のゼロ金利なのは、両国とも十分すぎるほど豊かであるということを意味しています。

日本では、深夜でもおいしいものが食べたければ近所のコンビニに行けば事足ります。日用品ならネット通販で即日配達をしてくれるようになりました。性能のいい自動車や家電製品も身の回りに溢れています。日本では年収1000万円以上あれば、ルイ16世よりも、豊かに暮らすことができるといわれています。年収1000万円以上の人は2016年には200万人強です。

その一方で、金融資産が全くない世帯が3割を超えており、富の偏在が顕著となっています。日本の課題は成長で解決できるものではなく、格差是正に直接取り組む必要があります。

京都の龍安寺に、有名なつくばいがあります。丸いつくばいには時計回りに「吾唯足知」と彫られています。「吾ただ足るを知る」と読む禅語です。社会秩序を維持するためにむやみに経済成長を求めてはならない時代に、これこそが求められる姿勢です。

定常型の経済をベースにした地域帝国化は、まだ始まったばかりの動きであり、依然として主権国家システムが継続しています。おそらく、多くの人にとって「閉じた帝国」や「資本主義の終焉」は絵空事のように聞こえるかもしれません。けれども、世界史の底流においては近代を維持・強化しようとする勢力と、ポスト近代への移行をめざす動きのせめぎあいが起きているのです。資本主義の最終局面において、近代システムそのものが揺らいでいるいま、日本人は危機の本質に立ち戻って考える必要があります。

水野和夫(みずの・かずお)
1953年、愛知県生まれ。法政大学法学部教授(現代日本経済論)。博士(経済学)。埼玉大学大学院経済学科研究科博士課程修了。三菱UFJモルガン・スタンレー証券チーフエコノミストを経て、内閣府大臣官房審議官(経済財政分析担当)、内閣官房内閣審議官(国家戦略室)などを歴任。主な著書に『資本主義の終焉と歴史の危機』、『終わりなき危機』など。近著に『閉じてゆく帝国と逆説の21世紀経済』がある。
(取材・構成=岡村繁雄)
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