三菱商事社長が言った「たとえ話」の真意
メッセージというものは、情報量を増やせばいいわけではありません。わずか数文字のスローガンであっても、意味を正しく伝えることはできます。
三菱商事で社長の業務秘書を務めていたとき、当時社長だった小林健会長が「“みそひともじ”(31文字)で言ってごらん」と指示を出されたことが、私は忘れられません。
グループで約7万人の従業員を抱える三菱商事の業務は非常に広範囲です。経営会議などでは、これまでの取り組みを事細かに説明しようと、分厚い資料を持ち込んでくる社員もいます。事業の規模や性質を考えれば、それは当然の事なのですが、ひと通り話を聞いた後、小林会長は、日本人がはるか昔から31文字で思いを伝え合ってきた事を引き合いに出され、「31文字で」とおっしゃったのです。もちろん小林会長は自らも常に端的に要点を整理されていました。
五・七・五・七・七で構成される短歌は、「みそひともじ」とも呼称されます。1200年以上前に編まれた日本最古の和歌集『万葉集』には、男女の恋、自然や四季への賛辞、死者への哀悼など、様々なテーマの歌が収められています。これだけ少ない文字数で、これほど豊かな内容を詠むことができるのは、日本人と日本語の特性だといえるでしょう。
指示を受ける側からすれば、「そんなのは無茶だ」と思うかもしれません。しかし、実際に自分が経営者の立場になってみると、そうした指示の真意が少しずつわかってきました。
経営者は、部下から上がってきた資料やデータを読み込み、その説明を聞いたうえで、迅速に経営判断を下さなくてはなりません。そのとき、判断を下す基準は、2つです。1つは、すんなり理解できるか。もう1つは、担当者のまっすぐな情熱があるかどうか。この2点さえクリアできていれば、提案書や企画書は数行の箇条書きで構いません。極端にいえば、「31文字」で十分なのです。