食中毒、食品偽装は食文化が醸成される過程のエラー

『包丁人味平』での仲代は味平の敵役として登場するが、この“偽装ハンバーグ”では実に含蓄のあるセリフを連発している。

「ハンバーグってのは高けりゃ高いように、安けりゃ安いように作れる料理だ」
「だからこそ、その店の信用……コックの味に対する心構えのわかりやすい料理なんだ」
「客の舌は正直だ。あのハンバーグをもう一度やれば一度食べたものはだれも注文しねえぜ」
「しょせんしろうと経営者ってのはもうかりさえすれば…と思っている」
「どうやらこのマスターは自分の店の首を自分の手でしめようとしているぜ」
「料理人にはふたつの道がある。味に生きるか利益に生きるかだ……!!」

『包丁人味平』1巻より。敵役料理人の仲代は利益を優先して、粗悪なハンバーグを客に提供。

もはや名言と言っていい。作者のビッグ錠は「私はほとんどウソばっかり描いてますから」と笑うが、仲代のセリフには一定の真実も含まれていると考えていい。実際、この名言が誌面に載った数年後、ハンバーグに原材料規格が制定されることになる。

先鞭をつけたのはハンバーグ・ハンバーガー協会だった。同協会は1975年、ハンバーグやハンバーガーに牛肉含有量などを基準に自主規格を策定。その2年後の1977年、ハンバーガーパティとチルドハンバーグについてJAS(日本農林規格)が制定された。その内容は「成分のうち75%(上級品は95%)以上が畜肉」「上級品は100%牛肉」というもの。畜肉、とりわけ牛肉の比率を重要視する規格だ。

裏を返せば、当時は「牛肉がごちそう」だった時代である。現代も牛肉がごちそうであることに変わりはないが、1970年代はまだごちそうのバリエーションが少ない頃。すき焼きや"ビフテキ"といった牛肉メニューが醸し出す「ハレのごちそう」感は現代とは比較にならないほどだった。ハンバーグにしても例外ではない。

仲代の「ブタ肉が3割に魚のソーセージをひいたものを混ぜた粗悪品」というセリフは、まだ豚の地位が低かった当時ならではの物言いだ。混ぜものがしやすいハンバーグには付け入るスキが多い。ハンバーグという人気アイテムに乗っかりたい“まがいもの”対策として、規格整備のピッチが上がったという面はあるだろう。

しかもパティにはどんな肉が入っているか、ひと目ではわからない。それ故、火のないところに煙がモクモク……なんてこともある。例えばこの頃、アメリカのマクドナルドのハンバーガーパティについても、とある噂が広まっていた。結果、その都市伝説は海を越えて日本の新聞報道にまで至ってしまう。

<日本でもおなじみのマクドナルド社のハンバーガーにミミズが使われているとのうわさが米国に広まり、売り上げが激減、同社は頭を抱えている(中略)。このうわさはことし8月テネシー州チャタヌーガで広まったのが発端。同社はこれまでの広告で「100%牛肉を使ってます」と強調、うわさ追放に躍起になっている(AP)>(1978年11月16日付 朝日新聞)

見出しは「『ミミズ』に食われる」。マクドナルドとしては、噂レベルであってもダメージは大きかったろうし、実際こうした噂は一時期日本国内の小中学校でも飛び交っていた。自らの手で正体の確認しづらいものに人は不安を抱き、その不安が噂を拡散させる。そうした構図は当時もいまも変わらない。

現代でさえも「食の安全」にまつわる情報の判断は難しい。ましてや半世紀前となればそもそもの情報量が少なく、情報の真贋を検証するすべもごくわずかだった。わずか50年ほど前、「衛生」にコストをかけなかった時代から現代までを足し上げると、国内で延べ100万人以上の食中毒患者が確認されている。罪悪感の欠如した「食品偽装」「食材偽装」も幾度となく繰り返されてきた。

それでも統計を見ると、この数十年で食中毒患者の数は半減した。長きに渡って繰り返される“偽装”もさまざまな事件・事案は起きるものの、件数は少なくなり、存在感は薄くなってきている。食中毒も偽装も食文化が醸成される過程でのエラーであり、そのエラーを修正することで食文化は醸成されていく。現代日本の食は一定の成熟を見たと言われるが、我々もまた長い食文化の歴史のなかでは、それぞれ一人の生き証人に過ぎないのだ。

松浦達也(まつうら・たつや)
東京都武蔵野市生まれ。ライター/編集者/「食べる」「つくる」「ひもとく」フードアクティビスト。テレビ、ラジオでの食トレンド/ニュース解説のほか、『dancyu』などの食専門誌から新聞、雑誌、Webで「調理の仕組みと科学」「大衆食文化」「食と地方論」をテーマに幅広く執筆、編集を行う。著書『新しい卵ドリル』『大人の肉ドリル』などのほか、経営者や政治家、アーティストなどの書籍企画や構成も多数。「マンガ大賞」選考員。