廣田夫妻はバブル経済華やかなりし頃、4カ月ほど南米パタゴニアを旅している。そこで「モノはなくても、質素で精神的に豊かな暮らしをしている人たちに接して、見習いたい」と考えるようになった。

長女が小学生のうちに、何とか移住したい。そして、好きな木工で生計を立てたい。廣田は会社を辞め、1年間ほど職業訓練校に通った。「木工で生活していくのはきついし、儲からない」と言われたが、いま自宅脇の元養蚕小屋を使い木工所を開いている。

「好きなことだし、お客さんと直接会ってやる仕事だから、やりがいもありますね。収入ですか? サラリーマン時代の3分の1くらいかな。楽じゃないけど、毎年少しずつ上がっているから、なんとか」

実は、廣田一家の例は、かなりラッキーな部類に入る。まず、一家5人がすぐに住めて、木工所をやれるような小屋があって、背中に森を背負い、目の前に田んぼや畑が開けているような物件は、そう簡単には手に入らない。

廣田一家も、とりあえず知り合いのボロ納屋に仮住まいする覚悟で引っ越してきたのだが、奇跡的にその一歩手前でいまの家が見つかったのだ。格安で木工機械を譲ってくれる人にも出会った。

「収入も、家も見通しなんかついていませんでした。ただ、楽観的に動き出さないと、幸運もついてきませんから」

田舎に来て、変わったことは?

「子供と一緒の時間が増えたことが楽しい。子供は鬱陶しがっているかもしれませんが。それに、田舎にいると、お金を使わなくても、やりたいことがどんどん出てくる。家族5人でラーメン屋に行くと3000~4000円はかかるでしょ。でも、庭先に土かまどをつくって、パンやピザを焼けば、そのほうが美味しい。うちでは、外食というと、家の外のかまどで料理することなんです(笑)」

その土かまどで焼かれた香ばしいパンの匂いを嗅ぎながら、さまざまな物欲から解放されることが、田舎で暮らすことの豊かさなのかもしれない、という思いに捉われた。(文中敬称略)

(永井 浩=撮影)