被災地に無料で設置したら……

そんなある日、バリスタの製品担当だったネスレ日本の津田匡保氏が、東日本大震災の被災地を訪れた。被災地をめぐる移動図書館のボランティアとしての訪問だったが、そのなかで、仮設住宅に設けられた集会所に集う住人が少ない、という話を聞く。「それならば」と津田氏は、移動図書館用に持参していたバリスタのマシンを、コーヒーのカートリッジとともに集会所に置いていった。

後日、同じ場所を訪問した津田氏は、雰囲気が以前とは変わっていると感じた。集会所に置かれた無料でコーヒーが飲めるマシンは、住人たちがそこに足を運ぶきっかけをつくり、コーヒーを片手に、その使い方を相互に教え合ったりするなかから、コミュニケーションの輪が生まれていた。

「無料で提供することから、渦が広がる」――バリスタには、この触媒的なマシンとしての可能性があるのではないか。ネスレ日本は、そもそもバリスタについては、マシンの売上げよりも、その後のコーヒーの粉の売上げの方が収益への貢献が大きいと見込んでいた。それならオフィス向けにバリスタを無料で提供してみてはどうか。

テストマーケティングがはじまった。ネットでの50名の限定モニター募集、さらには札幌でのTV広告への反響などから手応えをつかみ、2012年秋にはネスカフェアンバサダーの全国展開がはじまる。

その後4年ほどが経った現在、登録者数は大きく伸び、28万名を超える。なお、登録者数はアンバサダーの数なので、実際の利用者数はさらに多くなる。ネスカフェアンバサダーのマシン1台あたりの利用者は平均で10人程度という。

「やってみなければ、わからないことも多かった」と、津田氏はいう。

無料でバリスタを職場に提供すれば、何が起こるかは、最初からわかっていたわけではない。まずはテストマーケティングとしてモニター募集を重ねたのは、そのためでもあった。どこの職場にも、アンバサダーを「やりたい」と手をあげてくれる発起人(仕切屋さん的な人)がいること、バリスタを置くと人が集まること、「無料でもらったからには……」と、互酬的な行動を生みやすいことなどは、実施の前に確証があったわけではなかったという。