先日、講演に来てくださった方から「毎月10冊は本を読んでいるのですが、何も頭に入りません。なぜでしょう」と尋ねられました。「どんな本を読んでいるのですか?」と聞き返したら、「上司に勧められたり、渡されたりした本です」というので、「興味のない本はすぐに処分して、自分が好きな本だけ読めばいいのです」と答えました。「好きこそものの上手なれ」です。

――でも「これ、面白いよ」って上司から渡されたら、読まないわけにはいきませんよね。

それはパワハラ以外の何ものでもありません。部下に苦痛を与え、本嫌いにする行為です。同じ人生観や価値観を持っている人から勧められた本でない限り、自分の心には響きづらいと思います。

――もし、尊敬する人から、「これ、面白いよ」と本を勧められたとしても、読まなくていいのですか。

僕は読みません。趣味嗜好は人それぞれですから。

――出口さんはいつも、どのように本を選んでいますか。

僕は最初の10ページ、20ページを読んで、面白ければその本を読み続けます。

本選びでよく参考にするのは新聞の書評欄です。新聞に書評を書くのは、大学の有名な先生や小説家などの著名人です。その方々が、駄本を駄文で勧めたらどうなります?

――「この先生、有名だけど賢くはない……」と思うかもしれません。

そうですね。大学の先生は、そう思われることが何よりもイヤな人が選ぶ職業なので、専門家としてお勧めできる本を厳選して書評を書いているはず。優秀な人が一所懸命に書いた書評は信頼に足るはずです。

――新聞の書評欄で推薦されている本を片っ端から読んでいくんですか?

いえ、まずは書評を読みます。その内容に共感できれば面白い本である可能性が高いので、手に取ってみます。

――共感したものから手に取る、と。読む本を絞り込んでいるのですね。

そうです。そうして選んだ本を読みはじめると、集中してしまうので、周りが見えなくなるし、音も聞こえなくなります。

――本の世界に入り込むんですか。

はい。僕が見る夢はだいたい直前に読んだ本です。一番印象に残っているのはマルクス・アウレリウスの『自省録』を読んだ後に見た夢。寝苦しいと思っていたら、ドナウ川の畔で、マルクス・アウレリウスと一緒に戦っていました。

――それは幸せなんでしょうか。せっかく寝ているのに、疲れそうですね。

Answer:与えられた本は、心に響きづらいものです

出口治明(でぐち・はるあき)
ライフネット生命保険会長 

1948年、三重県生まれ。京都大学卒。日本生命ロンドン現法社長などを経て2013年より現職。経済界屈指の読書家。
(構成=八村晃代 撮影=市来朋久)
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